Gen-AX×ジェネシス×モビルス代表が語る、コンタクトセンターでの生成AI活用の現状、活用を推進すべき背景と取り組むべきこと【前編】
投稿日:2025年6月12日 | 更新日:2025年6月9日

生成AIは、人手不足の課題を抱えるコンタクトセンターにとって、業務の効率化や生産性向上を促進し課題を解決する手段として期待され、自動応答の精度向上やオペレーターの業務支援などで活用が広まっています。自立型のエージェンティックAI(AIエージェント)の登場など今後さらに進化する生成AIを、コンタクトセンターはどのように活用することが望ましいでしょうか。
ソフトバンク株式会社の子会社で生成AIに特化したB2B SaaSと業務変革コンサルティングを提供するGen-AX株式会社 代表取締役社長 CEO 砂金 信一郎氏(以下、Shin)、クラウド型CX/コンタクトセンター・ソリューションをグローバル展開するジェネシスの日本法人 ジェネシスクラウドサービス株式会社 代表取締役社長 ポール・伊藤・リッチー氏(以下、Paul)、コンタクトセンター向けCXソリューションを開発・提供する モビルス株式会社 代表取締役 石井 智宏(以下、Tomo)が鼎談。
コンタクトセンターでの生成AI活用の現状、活用を推進すべき背景や成功例をはじめ、最新の生成AIトレンド「エージェンティックAI(AIエージェント)」の活用や今後の展望について、三社の代表にたっぷりと語っていただきました。前編・後編にわたってお届けします。今回は前編をお届けします。後編はこちら。
<前編>
- RAGやRealtime APIなど進歩した技術が一般化、生成AIを活用した製品の導入が始まる
- コストダウンや効率化だけでない、共感性と温かみの両方を備えた自動化でCX向上や収益化に貢献
- 生成AI活用は全社的な顧客体験の改革、トップマネジメントのコミットが欠かせない
<後編>
- 自律性と共感性でパーソナライズ化した臨機応変な顧客対応が可能なエージェンティックAIへ
- エージェンティックAI同士が連携することで活用の幅が広がる、AIが活躍できる土壌を作る
- コンタクトセンターは生成AI活用に最適、プロアクティブな対応やCXを企業競争力に結びつける
■鼎談メンバー
Gen-AX株式会社 代表取締役社長 CEO 砂金 信一郎氏
生成AIに特化したB2B SaaSと業務変革コンサルティングを提供するソフトバンク100%子会社のGen-AX株式会社の代表を務める。業務知識や接遇の高度なチューニングが必要なカスタマーサポートや照会応答業務の効率化・自動化を、自律エージェントやLLM Opsなどの技術で実現する。 東京工業大学卒業後、日本オラクル、ローランド・ベルガー、マイクロソフトでのテクニカルエバンジェリスト、LINE(現・LINEヤフー株式会社)でのプラットフォーム推進やAIカンパニーCEOを経て現職。2019年度より政府CIO補佐官、その後発足時よりデジタル庁を兼任し、インダストリアルユニット長を兼任。
ジェネシスクラウドサービス株式会社 代表取締役社長 ポール・伊藤・リッチー氏
2017年にジェネシスに入社。クラウド型CXソリューションGenesysCloudの日本におけるローンチを主導し、2020年より代F表取締役社長に就任。クラウドビジネスの成長を牽引し、日本において300社以上の導入実績を達成した。CX/コンタクトセンター業界のセールスリーダーとして、20年以上の豊富な実績を持つ。
モビルス株式会社 代表取締役社長 石井 智宏
1998年 早稲田大学卒、2009年 ペンシルバニア大学ウォートンMBA取得。ソニー株式会社にて11年間ラテンアメリカ市場におけるセールスマーケティングに従事。MBA取得後、国内投資ファンドにて執行役員。その後ソニー会長率いるクオンタムリープ株式会社のエグゼクティブパートナーとして多数の日本企業の海外進出を実行支援。2014年モビルスに参画。受託開発中心のビジネスから業態チェンジをし、主力製品「MOBI AGENT(モビエージェント®)」や「MOBI BOT(モビボット®)」「MOBI VOICE(モビボイス®)」、生成AIを活用したオペレーション支援AI「MooA®(ムーア)」などをリリース。企業のコンタクトセンター向けに製品の提供、導入支援を行っている。
RAGやRealtime APIなど進歩した技術が一般化、生成AIを活用した製品の導入が始まる
ー初めに、2024年を振り返った所感をお聞かせください。
Paul:2024年は引き続き、業種を問わずさまざまなお客さまに「Genesys Cloud」を採用していただきました。「Genesys Cloud」のプラットフォーム全体に生成AI機能が組み込まれてきています。2024年の目玉である「Agent Copilot」は、お客さまとオペレーターの会話をテキスト化して、お客さまの問い合わせ内容から推奨回答をオペレーターに提示する機能に加え、通話終了後には会話の要約やラップアップコードの提示などを行うことができるものです。顧客対応全体でオペレーターを支援して、より正確な回答や業務の効率化に寄与します。先を見据え、生成AIを活用した技術をコンタクトセンター運営に取り入れたいと考えるお客さまが「Genesys Cloud」を採用してくれたのではと思っております。
直近では、「Virtual Agent」をリリースしました。100%オペレーターの代わりができるまでは至っていませんが、生成AIを組み合わせることで、検索技術のRAG※1(検索拡張生成)を使いながらリアルタイムで質問に的確な回答を生成したり、関連する部分をハイライトしたりと、自動化の範囲をこれまで以上に広げることが可能となります。
また、「Virtual Agent」が回答できずに人に転送する場合でもそれまでの会話を要約したり、会話終了後にはコールログを残したり、まさにコンタクトセンターの対応リソースの一つとして機能します。「Virtual Agent」もプロンプトでどのようなAgentを作成したいか指示するだけで自動的にスロットを作成し開発の部分も自動化できるため、人とAIが対応する業務の棲み分けの定義をさらに進化させるものになると期待しています。

Shin:技術的な観点で大きなトピックを三つ挙げると、一つ目は音声入力と出力をリアルタイムで行い、より自然な音声対応の自動化ができるOpen AI社の「Realtime API」です。今までは、音声認識をしてテキスト処理をし、音声合成をして回答する流れで、この方法しかないと思っていたので、Speech to Speechできるの?と驚きました。
「えっと」「あー」などフィラーも含め、間や感情も理解するため、会話の途中で回答したり聞き返したりすることもでき、こういう音が入ってきたらこう返すと人間は心地良いよねというモデルを作り上げ、一般に公開したOpen AI社はやはりすごいと思っています。もちろん改善の余地はありますが、「Realtime API」は人間らしい対話ができます。
二つ目は、RAGが一般化したことです。昔から検索にこだわってやってきた我々からすると、「なんでもRAGを使っています」といった謳われ方には抵抗がありますが、RAGを取り入れた検索結果に基づいて生成すると、プロンプトチューニングなどの手法に頼らずとも使える状況が出来上がってきており、検索活用の裾野が広がったことは確かです。精度や速度を上げるなど改善点はいろいろありますが、RAGという検索のやり方自体が世間に広がっていることは良いことだと考えています。
三つ目は、リーズニングエンジンです。リーズニング(reasoning)とは、回答などに至る道筋を自律的に学ぶ論理的思考を指し、リーズニングによって生成AIは作成したコードを自ら実行し、エラーが出れば別のコードを試すといったことが可能です。AI自体が物事を考えられる状況に一歩踏み込んだので、コンタクトセンターの過去の情報をリーズニングエンジンに入れると、何が大事か自ら考えKCS※2(ナレッジセンターサービス)準拠のドキュメント作成などができるようになります。リーズニングエンジンの登場でAIに頼れる幅が広がり、エージェンティックAIの有効活用につながっていくでしょう。
※1 RAG(Retrieval Augmented Generation):検索拡張生成や取得拡張生成とも呼ばれ、自然言語処理(NLP)技術の一種で、大規模言語モデル(LLM)と外部の知識ベースを組み合わせ、より正確な回答を生成する技術。
※2 KCS(Knowledge-Centered Service):組織内でナレッジ(知識)を収集、管理、共有、再利用するための一連の実践方法。

Tomo:2024年11月にオペレーション支援AI「MooA」の新機能として、生成AIを活用した新たな機能である、オペレーター向け回答支援ダッシュボード『MooA CommNavi(ムーア コミュナビ)』、RAG(検索拡張生成)方式企業内ナレッジ検索機能『MooA KnowledgeBase(ムーア ナレッジベース)』(ベータ版)をリリースするなど生成AIを活用し、オペレーター、スーパーバイザー(SV)など内側のオペレーション支援をどう実現するか、製品開発とトライアル導入に取り組んだ一年でした。2025年は、実運用での効果が事例として出始める予定です。
エージェンティックな動きをする機能としては、揺らぎの吸収やシナリオフローではない自由な聞き取りや聞き返しができる機能の開発を始めていますが、まだパーツの段階です。本当の意味で自立性を持ちタスクを構築していくエージェンティックAIの開発を、2025年のテーマとしています。

コストダウンや効率化だけでない、共感性と温かみの両方を備えた自動化でCX向上や収益化に貢献
ーコンタクトセンターで生成AIを活用すべき背景や活用シーン、活用促進のために取り組むべきことは何でしょうか?
Paul:コンタクトセンターで生成AIを活用する目的は、問い合わせを削減することによるコストダウンや、採用難の状況から業務負荷を軽減するためのピンポイントなツールとしてではなく、顧客理解や共感性のある対応を行いCX(顧客体験)の向上や、収益化につながるツールとしての活用が重要ではないでしょうか。
Shin:そうですね。問い合わせを受けて課題を解決するのだけではなく、営業やインサイドセールスの領域までコンタクトセンターの役割を発展させられると、収益化が見えてくるのではないでしょうか。
Paul:LLMによってバーチャルエージェントが進化することで、例えばコンサートチケット予約を受け付ける際に、上顧客という顧客データを持っていると「100ドルのチケットをご購入予定ですが150ドル出すと、こちらのもっとよく見える席もありますよ」など提案する機能を実装できる可能もあります。アップセルによる収益化ができるだけでなく、顧客ロイヤリティ※3が向上することで「次もあの会社から買いたい」と思うようになってくれて将来的な収益化にもつながると思います。
※3 顧客ロイヤリティ:顧客が企業やブランド、商品、サービスに対して持つ愛着や信頼、忠誠心
Shin:会話やコミュニケーションを通じてのファン化ですね。「この条件だったら他社でもWebでもなく、この担当者に電話をかけて買いたい」といった具合に、それは収益化しますね。
Tomo:生成AIによって人と同じレベルでお客さまを満足させられる自動化ができるようになると、今までは入ってきた電話をどう処理するかを主軸に対応してきたコンタクトセンターが、不満を持つサイレントカスタマーの離脱を抑制するなど顧客ロイヤリティのマイナスをプラスに転換する働きをし、収益貢献につながっていきますね。
Paul:個人的な体験ですが、先日某カード会社に電話した際、自動音声の対応にすごく感動したことがありました。その日は急に寒くなった日で、用件が完了した後に「今日は寒くなったので体に気を付けてくださいね」と一言入ったのです。私だけでなく他の人にも言っていると思いますが、共感性を高めていくと同時に、温かみを感じられる寄り添いは大事だなと実感しました。
Shin:コンタクトセンターに限らずAI全般に対する日本の企業の姿勢として、興味深い風潮があります。企業のトップマネジメントは「AIは最優先課題である」と言っていますが、ミドルマネジメントが出てきた途端、「AI導入はそれほど優先度が高いものですか?不確実性が高い」と動きが止まってしまうのです。
現場の若手もChatGPTを使いこなし自動応答を導入したら良いと思っていますが、ミドルマネジメントが何かの理由でブロッカーになってしまう。トップマネジメントの理解やサポートはあるが動かない理由は一概に原因は言えませんが、共通している点は、現場はリスクを最も考えてしまうことだと思います。
Paul:コンタクトセンターは、コスト削減が最優先課題とされていますが、ビジネス側は収益を上げることが最優先です。AIに対する投資を会社全体としてどうしていくか、部署間を超えての会話が足りていません。AIの導入を先行している企業は、クロスファンクション※4の会話ができています。そうした企業ほど、最新の技術を率先して取り入れ、前に進んでいくのではないでしょうか。
※4 クロスファンクション:組織内の異なる部門や役職を持つメンバーが連携し、全社的な課題解決を目指す取り組み

生成AI活用は全社的な顧客体験の改革、トップマネジメントのコミットが欠かせない
Shin:お客さまは「まずPOC(Proof Of Concept:概念実証・実証実験)をやってみてから」と言いますが、何も検証されずPOCで終わってしまうことが多いです。
本来のPOCは、明確な出口戦略があり、これが達成されたら次の判断に進むという流れです。POCで何を検証し、どの検討が大事なのか明確になく、客観的に証明しようがないことを目的に置き、担当者の主観評価で結果の良し悪しを測ることが一番危険です。残念ながら、POCという言葉は安くベンダーを使うための決め台詞のようになってしまっています。
POCでなければどうするかというと、MVP開発※5ではないでしょうか。実現したいことは明確にあるが、実際に動くものがないとどういうものかわからない、だからMVP開発でプロトタイプとして作ってみましょうと。
必要最低限の製品を作る開発行為としてやれば良いのです。とりあえずPOCでやってみると、結果的に何を実現したかったのか、お客さまもベンダーもわからない状況に陥りやすいです。何でもかんでもPOCで安く買いたたくことは、業界が健全ではありません。
※5 MVP開発:Minimum Viable Product(必要最小限の実装可能な製品)の略で、製品開発の初期段階で、ユーザーに提供するために必要な最低限の機能のみを備えた製品をリリースし、ユーザーからのフィードバックを基に製品を改善していく開発手法。
Paul:オンプレミスからクラウドへのプラットフォームの切り替えはシステム全体として考えられる場合が多いので若干違う部分はありますが、我々が心がけていることは、効果を出していくために出口として求めていることを営業段階ですり合わせることです。
お客さまのカスタマージャーニーを描く中で、どこまでだとジェネシスで完結できるか、どのタイミングでパートナー企業と一緒に取り組む必要があるか、判断基準をしっかり作っていくことが大事だと考えています。
Tomo:生成AIを早く利用し始めた企業ほど運用実績や人材育成をリードし、他社より有利な立場に立つことができるため、2024年はコンタクトセンター業界で生成AI活用のPOCを開始した企業が多かったですが成功事例は少ないです。要件定義が明確化されていないことが要因と考えられます。実業務での生成AI活用推進に向けた課題抽出と対策立てに、しっかりとした要件定義をすることが肝心です。
これまでのチャットボットやボイスボット導入は、コンタクトセンターの全体業務の中で入電業務の一部の自動化のため、センター長や企画担当の判断で推進できるプロジェクトでした。しかし、生成AIになると、全体的な顧客体験の改革になるため、トップマネジメントのコミットメントがどうしても必要です。
「生成AIに理解させるナレッジ」「VOC(Voice Of Customer)を収集して可視化するフロー」「個人情報管理(CRMの統合)」の三つがそろわないといけません。コンタクトセンターだけで取り組むには範囲が広すぎて厳しい前提条件であることが、プロジェクトとしての難しさです。生成AIやエージェンティックAIに対して「万能」のイメージを持っている利用者も依然として多く、過剰な期待を取り除き導入成功をさせるためには、要件定義をコンサルティングと行い、ゴールを明確化させないといけません。また、コンサルティングへ一任せずにクライアント自身やトップマネジメントによるリードも導入成功の鍵となるため、トップマネジメントの積極的な参加が必要不可欠です。
コンタクセンター業務で生成AIを導入する際、現状では「要約」などピンポイントな業務から対策を取ることが多いですが、業務全体のDXやCX(顧客体験)やEX(従業員体験)を考え、フロー全体で対応を取るべきであることを、トップマネジメントの方には認知いただきたいです。

Shin:生成AIの登場によりグローバルの最新テクノロジーが、日本でも時間差なく使えるようになってきています。応対品質にこだわり、ここまで真面目にコンタクトセンターを運営している国は、おそらく日本くらいです。コンタクトセンターのコミュニケーション設計については、これまでは言語の壁に阻まれ輸出できていませんでしたが、それができるようになるのではないかとも考えています。
Tomo:なるほど。海外で日本企業の製品やブランドを展開する際に、コンタクトセンターの顧客対応も、日本のように丁寧な応対で感動体験を提供できると良いですよね。これまで日本語の対話を別の言語に変換することはとても大変でしたが、AIソリューションのプロンプトの中に応対のやり方まで組み込まれており、RAGにも応対品質が高いデータが入っている状態でお届けすることがやりやすくなったと言えますね。
Paul:日本のおもてなしを海外に輸出するビジネスとして形にしていくことは、とても可能性があると思っています。一方で、日本のコンタクトセンターはおもてなしを社員の能力に依存している面も多分にあると感じています。海外のコンタクトセンターでは、顧客データを有効活用した運用をしていると感じますが、日本のコンタクトセンターもさらにデータを活用することで、おもてなしを組織として実現し、顧客ロイヤリティを高めるチャンスがあると思っています。
Shin:コンタクトセンター業界にいて、自分たちの良さを自覚していない方も多いのではないでしょうか。強みであると自認し、弱い部分はデータを活用することで改善できると完璧に近づき、日本のコンタクトセンターがポジティブな領域になっていくと思います。