「生成AI」の登場は、CX(Customer Experience)やCE(Customer Engagement)の向上にも期待が寄せられています。生成AIの活用を模索する企業も多い中、激変する数年後へ向けたITの投資をどのように考えていくべきでしょうか。

米国に本社を置き、CX・CEの取り組みで世界最先端の “CXオートメーション・カンパニー”として世界各地で企業と顧客の関係性構築を支援しているVerint Systems Inc.。その日本法人のベリントシステムズジャパン株式会社(以下、ベリント)代表取締役社長 古賀 剛 氏と、コンタクトセンター向けCXソリューションを開発・提供するモビルス株式会社 代表取締役社長 石井 智宏との対談が実現。

海外と日本の「生成AI」トレンドや取り組みの違いや、DXやCXに対する海外と日本企業の経営者のIT投資傾向や考え方の違いが生むもの、数年先の日本市場でのIT投資の展望などについてお話いただきました。前編・後編の2回にわたってお届けします。今回は後編をお届けします。前編はこちら

【前編】

【後編】


ナレッジの集約で、状況に応じた柔軟な権限発行の自動化が可能に

ーコンタクトセンターにおける「生成AI」の活用方法と、DX促進のために必要なことは何でしょうか?

古賀氏:
海外では、「お客さまを逃さない」という発想が非常に強いです。

デジタルで離脱してしまうお客さまをどうするか?日本だとオペレーターに回すことで解決する発想ですが、海外では「オペレーターと話している際、お客さまが飽きているならデジタルに回そう」、「待たせるくらいだったらデジタルに回そう」、など自由な発想ができているのです。

日本だと平気で30分待たせたりしますが、待たせるくらいだったらチャットボットで解決を試みる。そうした発想をしていかないと、海外との差が益々開いてしまいます。

ビジュアルIVRの発想にも近いですが、入電後の振り分けやキューイング(待ち呼、通話待ちの状態)をスキルで解決する時代は終わると思っています。完璧な知識バックアップがあることで、どんな問い合わせが来ても、どのオペレーターが答えても問題ない状態になることが理想です。

例えば、台風で航空機チケットを変更するのに苦労されたお客さまがいて、前回の応対履歴から「前回の台風は大変でしたね」というところから会話をスタートすると、顧客との信頼関係の深まりが全然違ってくると思います。「またご利用いただきありがとうございます」という会話ができるかどうかで、満足度が大きく変わってきます。

石井:
毎回同じオペレーターが対応できれば良いですがそうはいきませんし、同じ人でもすべてのお客さまとのやりとりを覚えているわけではありません。前回の応対履歴を元に、「前回こういう話をしたので、こういうことを案内すると良いです」とサジェストが入るととても良いですよね。

古賀氏:
実現するためには応対内容の要約が必要です。弊社にはリアルタイムコーチングボットがあり、例えば「10年間利用しているが年会費が高すぎる」という話をお客さまがしている中で、30秒の間があるとアラートが上がります。なぜかというと、お客さまは他社のWebサイトを検索している可能性があるからです。アラートを出し、「10年も利用しているから、来年は特別キャンペーンで年間費1年間無料にしよう」といった、特別許可のサジェストを自動で出すことができるようになります。

お客さまの状況に応じて、オペレーターが提案して良いことの許可をリアルタイムで出すイメージです。例えば、本来は受け付けていない返品対応について、特別に対応するなどルールを柔軟に変えられる権限を、どのタイミングで出したら良いかAIが判断できるようになると相当面白いと思います。そのためには、知識が一ヵ所にあり、ナレッジが集約されていないとだめなのです。ルールと経験を記録していることで、正しい判断ができます。

石井:
エスカレーションや権限発行について、人が判断すると基準がぶれてしまうことがあります。判断軸が属人化されるとトラブルの原因にもなりかねるので、ルールや判例をベースにAIが判断できると良いですね。


CXもアジャイル思考で運用しながら検証していく

石井:
アメリカのクライアントで何十万席という受注が決まるのは、役員クラスがCXO(Chief Experience Officer)のポジションに就いていることが多いですか?

古賀氏:
多いです。
バックオフィスプロセスやCXの全ての責任者として統括する人が出てきています。

石井:
全企業内のプロセスを統括して担い、改革に責任を持てる立場を作ることが必要です。日本企業はなかなかそうはなりません。日本企業を変えていくには、どうしたら良いのでしょうか。

古賀氏:
日本企業も変わってきているとは思います。やはり、伸びている企業は相当先端的なことをやっています。

一方で、いまだに驚くのは、導入プロジェクトを2年3年などと設定する会社があることです。こんなにプロジェクト期間を長く設定するのは日本だけです。

日本企業はアジャイル思考を持つべきです。CXに関してもバックオフィスに関しても、CXOレベルの人が「2、3カ月入れてみて、やりながら検証していく」と言ってくれないと日本は遅れてしまいます。景気が低迷しているのは当たり前ですね。なぜこんなに遅いのか。

オーストラリアと比べても、弊社の製品群だけでも見ても日本は7、8年遅いです。

石井:
オーストラリアと比べて日本はそのくらいの時間軸で遅れているんですね。海外の中でどの国が早い遅いといったことはありますか?

古賀氏:
オーストラリアは早いです。失敗が許される文化があり、失敗したら止めて次へ行こうと言ってくれます。もちろんアメリカもです。シリコンバレー的な新しいものの生まれ方はありますが、エンタープライズへの適応という意味では、オーストラリアが早いです。

マイナーですがトルコも割と早いです。日本のように細かいわけではないですが、面白いことは試してみる文化があります。

インドは数が多いので、一度始めたら広がるのが早いです。スクラッチ&ビルド的な考え方で、とりあえず導入してみて、たとえ契約期間が3年でも1年で見切りをつけて解約することもある俊敏な世界ではありますが。

文化の違いはありますが、このまま日本のやり方のみを採用していると永遠に遅れたままになってしまいます。

石井:
APAC(Asia-Pacific)の視点だとどうですか?

古賀氏:
マレーシアやタイに比べるとそこまで遅れてはいませんが、シンガポール、インド、特にフィリピンとベトナムの進歩が目覚ましいです。フィリピン、ベトナムにGDPがいつ抜かれても驚きません。

石井:
企業の取り組みという観点で、追い越される可能性は十分にあるのですね。

古賀氏:
フィリピンは英語を話せる人が多いので、アメリカの最先端システムを触り慣れている人が多いです。日本のコンタクトセンターより進んだシステムを使っている人がたくさんいます。


生成AIが全面的にユーザー対応する時代が来る

ーDXやCXに対する海外と日本企業の経営者のIT投資傾向や、考え方の違いが生み出すものは何だと考えられますか?

石井:
日本のBPOも皆さん思い悩んでいるんじゃないですか。5年後、10年後このままいくとビジネスが成り立たなくなると。どこに活路はあるのでしょうか?

古賀氏:
BPOの一番の悩みは音声対応が減り、デジタルが増えていくことです。

デジタル領域を握り、CXのハンドリングプロとしてやっていくことに活路はあると思います。契約形態を1人月から1処理に変える必要があります。インドもフィリピンもやってきたことです。1処理当たりの単価契約にすると、対応するのが人であってもボットであっても変わりません。

石井:
企業がナレッジを管理して運用するのはなかなか難しいと思うので、BPOはそこに入っていく手もあるのではないでしょうか。日本のコンタクトセンターは、電話からテキストへ変わってきたばかりなので、まだ先が長いと思います。

生成AIがユーザー向けに使われるようになるポイントについてお聞きしたいです。

今は内向きの支援機能ですが、おそらくアメリカだとユーザー向けにも徐々に出始めていると思いますが、日本で対ユーザー向けに生成AIが回答し始めるタイミングはいつごろだと予測されますか?

古賀氏:
完全に生成AIが対応する状態になるのは5年後くらいだと考えています。海外はもう少し早いかもしれません。

石井:
日本企業が対ユーザー向けに利用するために、必要な条件はどのようなことでしょうか?

古賀氏:
『The AI Empowered Customer Experience (Simon Kriss著、未邦訳)』という書籍では、「あるテクノロジーが100万人に浸透するのにどのくらい時間がかかったか?」の問いに、車は発明から40年、携帯電話は10年、InstagramやFacebookは1年、TikTokは3週間、ChatGPTは2日と書かれていました。ChatGPTの浸透はこれほど加速度が早いのです。その前提がありつつも、生成AIの一番大事な役割は情報を変換することです。正しく変換できているかの判断基準や、法整備、開発者育成や企業の適応も必要です。これらができてから日本企業は受け入れ準備が整うと思います。

石井:
ユーザー目線に立ったとき、30分かけてもつながらないという現状と比べ利便性は飛躍的に高まりますよね。生成AIがほぼ対応するのであれば、電話でもチャットでも企業側のコストは変わらないと思いますが、ユーザーはどうやって生成AIにアクセスするようになると思いますか?

私は、Webから入って自分で調べることも必要なくなるのではと思っています。ナレッジ(生成AI)にアクセスするために、UIが変わるのでは?と思っていますが、何かイメージはありますか?

古賀氏:
スマホにアプリが一切入っていない、AIだけ搭載されたスマートフォンが誕生しました。AIに聞けばなんでも答えてくれるような世界になるかもしれません。お気に入りのAIがスマートフォンに3キャラクターくらい入っている。状況に応じて相談するAIを選べるイメージです。遊びに関してはこのAI、仕事はこのAIに相談するといったような、そんな時代になるのかもしれません。

その裏がコンタクトセンターにつながっていて、AI同士で相談している世界です。もしくはコミュニティボットに聞く。企業側のボットではなく、プライベートでボットを作る人たちが出てくると思うのです。

石井:
私も鉄道オタクの人が徹底的にナレッジを入れ込んだAIや、昆虫好きな小学生が詳しいナレッジを入れたAIなどが出てきて、Webでコンテンツを検索する時代から、どのAIが一番賢いか探しにいく時代になるのではと想像しています。

例えば、パソコンに関しての問い合わせが来た際に、パソコンに詳しいAIを作っている人がいて、企業側もそのAIに聞いた方がすぐ解決できると考え「このナレッジ(AI)を使ってください」と提供するような時代です。自社でサポートしなくても良くなり、コスト削減にもなるかもしれません。

古賀氏:
海外ではコミュニティを発達させて、ユーザーからの問い合わせに解決できればポイントを付与するギグワーク的な働き方も出てきています。社員でなくても回答できる。好きな人が好きな時に回答するといったことです。

こうした時代へ向けて、どのように変革していくかプランはありますか?

石井:
サポートだけでなく、カスタマージャーニーの領域を広げCX全体を対象にする事業にしていく予定です。コアはSaaSの事業におきつつ、CXのテーマにおけるSaaS以外のポートフォリオの拡大を検討しています。AIを使った開発はなくならないと考えており、製品開発にコンサルティングも含めていきます。コンサルを含めた開発タスクのプロジェクトとして、上位レイヤーから担っていく必要があると考えています。

ー最後に、パートナーやクライアント企業へのメッセージをお願いします。

古賀氏:
当社ではCX・CEに特化したAIを提供しています。試用期間は安価で提供するので、使ってみてどんな効果が出せるか一緒に探りましょう。今始めないと3ヵ月後には新しい技術が出てきますので、一緒にどんどん取り組んでいきたいです。

コンタクトセンターでの使いどころとして即効性があるのは、要約する、知識を出すところです。あとは、コンプライアンスやガバナンスのチェックにも有効です。

石井:
生成AIで効果が出る領域は分かってきました。まずはそこから始めませんか。生成AIが人に変わってユーザーをサポートする時代が迫っています。今からナレッジの蓄積をしないと波に乗れません。ナレッジマネジメントはすぐ手を打たないと、AIを使うべきときに使えない状況に陥る可能性が大きいです。

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