「カスタマーサービス/サポートこそ、経営やブランディングにおいて最も重要だ」。そう気付いてCX向上を徹底してきた企業が、今の世界を席巻しています。しかし、CX投資への注目が徐々に集まりつつも、変化していくマインドがなかなか醸成できずにいる日本企業は少なくないのではないでしょうか。
CXがなぜ真のブランディングにつながるのか、そして、日本企業はどんな意識を持って何を実践すべきなのか、株式会社ラーニングイット 代表取締役 畑中伸介氏とモビルス株式会社 代表取締役社長 石井 智宏が語り合いました。
この記事は、前編、後編にわたってお送りします。今回は後編です。前編はこちら。
【前編】
- ダイレクトマーケティングをきっかけにCXビジネスの世界へ
- 顧客の「人の印象に残る」真のコミュニケーションとは何かを問う
- サービス/サポートを会社全体で取り組むべき課題としてCX先進企業の経営者は認識している
【後編】
- トップこそ、経営に与えるCXの重要性を理解し、顧客の目線で物事を考えるべき
- 新たなテクノロジー、問い合わせのチャネル、BPOの事業まで、CXは大きな転換期を迎えている
- 「CX-Branding Tech.」のモビルスとして。ラーニングイットと新プロジェクトを開始
対談動画
トップこそ、経営に与えるCXの重要性を理解し、顧客の目線で物事を考えるべき
石井:
日本企業でCXと言うと、基本はコンタクトセンターの領域と考えられてしまい、「おもてなし」や応対品質をどう向上させるかといった議論に話が行きがちです。私自身も、顧客接点の全体像をどう改善するかという意識を持っている企業には、ほぼお会いしたことがありません。各社とも「コンタクトセンターをプロフィットセンター化したい」と言いつつも、そもそもそれが何なのか、本質がまだ浸透していない気すらしています。
この間、米国の「フォーチュン500」の企業のうち、CCO(Chief Customer Officer、最高顧客責任者)や、CXO(Chief Experience Officer、最高ユーザー体験責任者)の役職を設置している割合が9割近くにのぼると見たのですが、日本は上場企業でも1%程度に過ぎません。この状況下で、日本企業が戦略の根幹にCXを置くように変わっていくには、何がきっかけになると考えますか?
畑中氏:
米国はCxO(何かの最高責任者)の役職がさまざまある中で、今から20年ほど前に、「次に足りないのはCCOではないか?」と一種のブームが起き、CCOを設置する企業が増えてきました。それが成果を出してきたので、今やCCOを置かないわけにはいかないくらいに捉えられていますが、原理原則は「お客様のメリットは何なのか?」を追求することにあります。自社の事業がお客様にとってプラスになっているのか、企業の利害とは別の観点から見続ける役職が求められているのです。
いろんな企業を見てきてわかったのですが、創業精神が続いているうちは、大抵の企業は大丈夫なんですよ。これが、2代目、3代目となってスピリットが薄れ、管理が中心になってくると、だんだん危うくなってしまう。創業精神がなくなった企業は、言い換えれば、お客様の立場で物事を考える経営メンバーを置くべきときだということでしょうね。
モビルス社員:
日本ではおもてなしやお客様は神様と考える文化的背景があり、サービスに対してお客さまの要求が高い割には、あまり評価しないと感じていますが、日本と米国での消費者の違いはあるのでしょうか。
畑中氏:
同じ消費者であっても、若者と私の感覚は全然違いますし、時代、消費者の年代やタイミングなどの違いがあり難しい部分があると思うんですが、 総じて日本の消費者はあまり口に出さないので、クレームを聞きにくいですね。大阪では割と発言する文化ではありますが、東京はそうでないため、同じ国の中でも地域性があるので一概に日米を比較することは難しいと思います。
ただ、類似する点もあります。生活で使われているITもSNSもほとんどが海外のものになっている現代では、その環境下で育つ消費者が多くなりつつあり、類似点も増しています。日本の企業はボーダレスを意識して準備していただきたいです。
新たなテクノロジー、問い合わせのチャネル、BPOの事業まで、CXは大きな転換期を迎えている
石井:
昨今、海外の戦略コンサルタントらは、「Proactive CX」や「Predictive CX」を押し出したり、CXにテクノロジーを活用したりと、CXをテーマに事業を展開しようとする動きが活発化しており、日本のコンサルタントらもだんだんとCXが大事だと言い始めたように思っています。
畑中さんはラーニングイット創業時に、「見えない成果を見えるようにするには20年かかると思った」とおっしゃっていましたが、現在どのくらいまで進んできたと見ていますか?
畑中氏:
CX強化が収益につながるモデルについては、学者や優秀なコンサルタントらが実証データを重ねてきたことで、現時点でも収益化する結論に至ることは事実だとわかっており、それを知っている経営者はもうすでに実践しているわけです。ただ、理論の確立にはそう時間を要さずとも、浸透するまでに20年は軽くかかると想定していました。そういう意味での「20年」という表現だったんです。
今回、石井さんがコンタクトしてくださったように、「CXの原理原則を一緒に展開していこう」と思ってくださる人が少しずつでも増えてきたことが浸透させていく上ではとても重要で、当社にとっての大きな変化となっています。小さなサクセスを積み重ねていくことに尽きますね。
石井:
ちなみに、最近では生成AIがCXの領域で使えるのではないかと議論されたりしていますが、新しい技術の登場がCX分野で何等かの契機になるのか、畑中さんはどのように捉えていますか?
畑中氏:
私はどちらかというとこういったテクノロジーには疎い方ですが、それでも仕事柄、翻訳ツールのDeepLなどは使っており、この1年間でも使い方がガラッと変わってきています。なので、CX領域でもAIなどの新しい技術はまず使ってみるものだと思いますし、使っていく中で使用方法も変わっていくのだろうと思います。
同時に、消費者のテクノロジーの使い方もすごく変わってきていますよね。私の家族の行動を見ていても、何か不具合が起きた際はカスタマーサービスに問い合わせる前に、同じ困りごとを経験している人がどれくらいいるのか、まずタブレット端末で調べるところから入っていくんです。消費者側の行動や能力も変化しているので、CXにおいても企業がどうテクノロジーに向き合うのかは、想像している以上に大きなテーマになると思います。
そこに関連して言うならば、今の時代はもはや、一企業ではなかなかサポートビジネスが作れない状況になっています。相当大きなエコシステムを想定して考えないと、サービスのシステムそのものは非常に難しいだろうとも考えています。
石井:
もし生成AIがユーザーの疑問にほぼ全て回答できるようになり、問い合わせをせずとも自己解決できるようになってくると、おそらくパラメータも大きく変わってくるでしょうし、そうやって活用できる技術自体も変化をしていきそうですよね。
変化点について言うともう一つ、CXの考え方が浸透してきた今、BPOの事業が大きく変わり始めています。当社はBPO企業との接点が多いのですが、各社とも「5年後に自分たちの事業がなくなってしまうのではないか?」と本気で考え出しているのです。従来通りのコンタクトセンターの対応席数や運用効率化、コストダウンといった面では、もう商売ができなくなってきているので、クライアント企業の収益拡大に向けたCX支援事業を真剣に始めようとしています。切羽詰まった状態になって、ようやく業界が変わっていく転換期に来たのではないかと感じているところです。
畑中氏:
そうですね。グッドマンさんたちは米国で、お客様が困ったときにどこに問い合わせるのか、2年ごとに定点観測を続けているのですが、2020年を境にチャットが電話を上回り、今もどんどんチャットが伸びながら、電話は下降している一方なんだそうです。米国では電話がコンタクトチャネルの3番目あたりに下がってきているので、サービス/サポートのチャネルの転換期も迎えています。
日本はまだ電話が8割とも言われますが、変わり始めると加速度的に進んでいきますし、変わっていくこと自体はもうほぼ間違いないでしょう。変化したときにどのような風景を作るのかを考えておくことも、重要になってくると思います。
「CX-Branding Tech.」のモビルスとして。ラーニングイットと新プロジェクトを開始
石井:
モビルスは、弊社のユーザー企業様のCXを見つめ直し、徹底的に実践するプロジェクトを2024年5月に開始しました。私たちのユーザー企業様はトラブルの体験をしているのかどうか、また、トラブルを体験している場合はどこで困っていて、私たちに何を期待しているのか。
私たちはユーザー企業様の痛点をわかっているようで理解しきれていないのかもしれませんし、痛点への対応がしっかりできているのか、そこもぜひ見直したいと考えています。このプロジェクトは、ラーニングイットさんにサポートいただきながら進めていくので、畑中さんをはじめ、貴社の皆様にはぜひよろしくお願いしたく思います。
畑中氏:
石井さんは経営力があるからこそ、まずは自分たちのCXの現状を見ようとされているのですよね。私たちも非常に楽しみです。今回は、米国でモビルスさんのような企業をサポートした実績も豊富なグッドマンさんにも要所ごとに参画していただき、米国のベストプラクティスを交えながら、日米のプロジェクトで進めたいと思っています。
石井:
ありがとうございます。プロジェクトのコアなチームは立ち上げつつも、当然ながら全社的なプロジェクトとして進めてまいります。そして、弊社のCXをアセスメントしていただき、向上させていく本プロジェクトを皮切りに、「CX-Branding Tech.」の企業として、この考え方に基づいた事業をこれから展開していきます。自社のCX向上に努めながら、ラーニングイットさんとともに、CXの考え方の訴求にも取り組んでいければ嬉しく思います。
モビルス社員:
発想が変わり成功した会社の事例があれば教えていただけますか。
畑中氏:
実は、経営層はだいたいわかっているのです。経営層の視点で「これとこれ」といった具体的指示は出しづらい。ただ、経営層はお客様の声を聞いて自分たちのビジネスが正しく回っているかを確認するために、企業が目指していることと顧客の求めていることには必ずギャップが存在しているはずだと考えているので、「そのギャップを見つけ出したい」ということに対して、現場はあまり変化を作り出していない状況とのジレンマのほうが大きいと思われます。
最近の経営層や新しい企業は「ディスラプター」という潰していく役割のタイプの人を重宝するようになっています。自分たちの常識を常識だと思わずにトライしていく、ここがあると思います。そこが増えてくると良いのですが、昨今の日本の経営状況はアフターコロナもあり厳しいものになっている。そのような状況でも新しいことにどこから挑戦していくか、ということになると思います。
答えにするのが難しいのですが、考え方を改めるというよりも、経営層と膝を交えて話す機会を持つことがより重要だと考えます。
色々なやり方があると思います。弊社では最初にCFOをプロジェクトメンバーに加えました。財務目線を加えるためにCXへの投資先や内容をCFOへ相談しましたところ、財務部門のメンバーとの定期的な打ち合わせに発展し、経営会議用の資料の作成などにつながりました。このようにきっかけを設けることや、仲間を作ることに大きな意味があります。
石井:
最後に、畑中さんからモビルスに向けて一言お願いできますか?
畑中氏:
冒頭で私は、「広告宣伝のブランディングは企業にとって大切ではあるものの、どうしても表面的になってしまう。サービス/サポートが、企業の経営やブランディングにおける位置づけとして、非常に重要だ」とお話しました。それに気付いた人たちが、Amazonのベゾスや、Appleのジョブズだったわけです。しかし、いろんな経営者が気付いて作ってきたものさえも、時代とともに過去になってしまう。だからこそ、いかに早く気付き、取り組んでいくかが一番のチャレンジになるのだと思います。
これまでの受け身だったサービス/サポートの世界から、まだ経験のない新しい世界へ進むには、果敢に挑戦していくことが不可欠です。失敗しても繰り返し挑戦していく中でサクセスは創られていくものなので、皆様にはぜひ、失敗を許すマインドを持っていてほしいと願っています。
石井:
ラーニングイットさんとモビルスで、一緒に新しい取り組みや挑戦をしていきたいと思っていますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。本日は誠にありがとうございました。
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