生成AIの登場により、コンタクトセンターの“おもてなし”やオペレーター業務、さらにはその先にいるお客様のCXは、どう進化していくのでしょうか。

今回、クラウド型CX/コンタクトセンター・ソリューションをグローバル展開するジェネシスの日本法人、ジェネシスクラウドサービス株式会社 代表取締役社長 ポール・伊藤・リッチー氏と、顧客サポート業務のソリューションを開発・提供するモビルス株式会社 代表取締役社長 石井 智宏による対談が実現。

コストセンターとなりがちなコンタクトセンターをプロフィットセンター化するためのAI活用方法や、日本企業のCX向上に対する意識改革などについて、両者の意見を熱く語っていただきました。前編、後編の2回にわたってお届けします。今回は前編をお届けします。後編はこちら

【前編】

【後編】

■対談メンバー

ジェネシスクラウドサービス株式会社 代表取締役社長 ポール・伊藤・リッチー

CX(カスタマーエクスペリエンス)/コンタクトセンター業界においてセールスリーダーとして、15年以上の豊富な実績を持ち、2013年にインタラクティブ・インテリジェンスに入社。カントリーマネージャーを務めた後、インタラクティブ・インテリジェンスの買収に伴い、2017年にジェネシスに入社。
クラウド型コンタクトセンター・SaaSソリューションGenesys Cloudの日本におけるローンチを主導し、2020年1月より代表取締役社長に就任。クラウドビジネスの成長を牽引している。

モビルス株式会社 代表取締役社長 石井 智宏

1998年 早稲田大学卒、2009年 ペンシルバニア大学ウォートンMBA取得。ソニー株式会社にて11年間ラテンアメリカ市場におけるセールスマーケティングに従事。MBA取得後、国内投資ファンドにて執行役員。その後ソニー会長率いるクオンタムリープ株式会社のエグゼクティブパートナーとして多数の日本企業の海外進出を実行支援。2014年モビルスに参画。受託開発中心のビジネスから業態チェンジをし、主力製品「MOBI AGENT」や「MOBI BOT」「MOBI VOICE」などをリリース。企業のコンタクトセンターや自治体向けに製品の提供、導入支援を行っている。


クラウド技術の発展により、さまざまな企業がCXを支援するようになった

―最初にジェネシスクラウドサービス(以下、ジェネシス)さんから、2023年を振り返った所感や、貴社にとって象徴的だった出来事などをお聞かせください。

ジェネシスクラウドサービス株式会社 代表取締役社長
ポール・伊藤・リッチー氏

ポール氏:
当社は2023年2月から新年度が始まったのですが、おかげさまで、多くの企業がCXの観点から当社の先進的なクラウド環境にコンタクトセンターを移行しようと考えるトレンドが続きました。昨年は特に、インフラ関連企業などの大型商談が活発に動き始めたことが特徴で、私たちのライフラインを担う企業までもが、CXを重視した上でオンプレミスからクラウドへ移行するタイミングが訪れたことがよく表れた1年となりました。

石井:
インフラ系の業界にも、大きな動きや変化があったのですね。

ポール氏:
そうなんです。背景にはやはり、消費者もどんどんと新しい技術を取り込んできているため、インフラ側でもお客様との接点に対する考え方が変わってきていることが大きかったと思います。

インフラ系以外では、地方銀行などの金融系は継続的に商談が増えています。一方で、ECは思ったほど当社との接点が伸びていない印象ですが、そういった業種には今期以降、しっかりと目線を合わせて営業活動を強化していきたいと考えています。

―ジェネシスさんのクライアント企業では、どういった業種が高いシェアを占めていますか?

ポール氏:
席数の割合で言うと、金融、通信、BPOのシェアが高く、社数では、金融の中の保険や地銀が特に多いですね。ただ、「Genesys Cloud」によって、業種を問わずいろんな企業でCXに対する意識や取り組みが広がってきているのではないかと感じています。

モビルスさんと当社がテクノロジーパートナーとなって一緒に取り組めているように、やはりそれがクラウドのエコシステムの良さでもあるので、このエコシステムをさらに拡大・強化していけば、「CXを構成したいけど、どうしたらいいのだろう?」と悩んでいる企業との接点はますます広がるはずです。まだまだ多くの業種・企業と会話をスタートできる余地は、たくさんあると思っています。

モビルス株式会社 代表取締役社長 石井 智宏

石井:
貴社のクライアント企業の中で、今もなおクラウドよりオンプレミスを特に利用している業界はどういった分野でしょうか?

ポール氏:
メガバンクが当てはまるかもしれません。決してクラウドを使っていないというわけではないものの、バックエンドから全てのシステムが複雑なので、一朝一夕には完全移行できないことも理解しています。ですので、当社としても一歩ずつ確実に進めていきたいと考えています 。

そういった背景もあって、当社は2023年に、国内で2つ目となるフルサービスの「Genesys Cloud」をAWS大阪リージョンに開設しました。金融・医療・公共機関などは特に厳格な災害復旧ポリシーを持たれているので、既存のAWS東京リージョンだけでなく、地理的に離れた大阪にもデータセンターを開設した形です。これにより、仮に東京リージョンで災害等が起きたときの安全性も訴求できますし、西日本全域でセンター拠点からのアクセス遅延も抑えられるようになりました。

フルサービスの「Genesys Cloud」を国内2カ所で提供するのは、米国に次いで日本が2例目です。それだけ、ジェネシスは日本に投資する姿勢を強めているということです。

石井:
そうなのですね。拡張性と機敏性の観点では、クラウドが優位であることに違いありませんから、各社のクラウド利用がより一層進んでほしいところですね。

ポール氏:
今のところは、オンプレミスで思われている安定性や冗長性を見てきた方々が、システム担当者の中にも多くいらっしゃいますからね。ただ、新しい世代の方々もどんどんシステム選定や決裁のプロセスに入ってきているので、時代の流れとともにクラウドに対する企業の考え方も変わってくると思います。

私たちも、システムやサービスを提供する側として、新しい技術や若い世代が使っているツールを理解した上で、クライアント企業と会話できるようにしていかなければならないという意識を常に持つようにしています。

ともあれ、この数年間でクラウド技術が見る見るうちに発展し、コンタクトセンター業界もいわゆるPBX(Private Branch eXchange、企業内の電話交換機)メーカーからシステムを購入したり、SIerに構築してもらったりしていた時代から、モビルスさんのようにいろんな企業がCXに関わるようになってきたことは、とても良い現象だと私は思っています。

―ありがとうございます。では、石井さんからも2023年の振り返りや、モビルスにとってトピックとなった出来事などをお聞かせいただけますか?

石井:
当社にとって2023年は、何と言っても生成AIに尽きます。投資の優先度も全て切り替えて、いわゆる生成AI機能と呼ばれるところに集中させるようになりました。

ユーザー企業においては、「生成AIで何でもできる」という“生成AIイリュージョン”の考えを持たれている方々がまだ少なくないと思いますが、「生成AIで業務のいろんな場面が大きく変わるかもしれない」といった感覚は確実に増しています。一方で、パートナー企業のBPOでは、「このままではいけない」という危機感が増幅している。そうしたそれぞれの立場の考えが相まって、ようやくコンタクトセンターのCX領域でも、本格的なデジタル化を推し進めようとする動きが一般化し、キャズムを超えてきたように感じています。少し前までの、先進的な企業だけが生成AIの活用に取り組んでいた段階から、すそ野が広がってきたイメージですね。

ただ、今はまだチャットボットの黎明期に似ているようにも思っていて、生成AIイリュージョン状態からだんだんと地に足のついた発想が持てるようになり、SI(システムインテグレーション)からマーケットが広がっていき、徐々にソリューション化されていく――という流れが、この先数年は続いていくのではないかと見ています。

―生成AI機能への投資を強化しているモビルスでは、具体的に今、どのような開発に力を入れているのでしょうか?

石井:
私たちが持っているソリューションのUI/UXの中に、生成AIの機能を入れ込んでいくことです。単に「こんな機能を作りました」というプロダクトアウトな発想ではなく、ユーザー企業の中ですでに流れているオペレーションにテクノロジーを入れ込んで、業務負担を解消するべきと考えているからです。そのテクノロジーに生成AIが加わったことで、可能性や精度はより高まったと思っています。


コンタクトセンターはAIを活用し、「人であることに価値がある領域」に人を集中させる時代に

―ジェネシスさんでは、AIを活用してどのような取り組みをされていますか?

ポール氏:
過去を辿ると、もう何年も前から何らかの形で活用してきましたが、生成AIをはじめ、ここ1、2年ものすごい勢いで進化している中、「Genesys Cloud」でもさまざまな場面でAIの活用が進んでいます。例えば、予測型AIでは、ウェブサイトにおける消費者の行動や履歴を見ながら「たぶんこの人は、最終的に購入ボタンを押す」といった予測をし、購入確度を判断した上でアクションを起こせるようにしています。さらに、そのアクションにおいても、購入を促すためにチャットボットなどの手助けを出したり、離脱しそうな場合は別の提案をしたりと、そこにも予測型AIが働く――といった仕組みが、以前から取り入れられています。

このほか、会話型AIも、ようやくいろんなエンジンの精度が向上してきている時期でもあるので、当社としてもチャットボット等で活用していこうとしているところです。

生成AIに関しては、活用の最初の一歩として、指定されたナレッジベースを用いて、お客様からの問い合わせへの回答を提供する「Genesys Agent Assist」機能における後処理段階の要約ツールへの適用を開始しています。2024年には、お客様との通話やチャットの会話を見ながら、適切に次のアクションをするためのアドバイスを出すような機能も提供していく予定です。

ただ、生成AIはディープフェイク等の課題があちこちで散見されるので、セキュリティの担保を第一に考えながら、慎重に開発を進めている状況です。その上で、最終的にはパーソナライズ化されたジャーニーを提供して、CXにつなげていきたいと考えています。

石井:
確かに、今のところ生成AIはハルシネーション等の問題もあるので、慎重に活用の幅を広げなければならないと思います。なので、当社はオペレーターやSVの業務効率化など、現場で働いている方々を手助けするための活用がまずは理にかなっていると考え、そういったソリューションから重点的に手掛けています。

こうした今の段階からだんだんと精度が向上し、対ユーザーにも対応できるようになったときに、コンタクトセンターに寄せられる問い合わせのうち、AIに対応を任せるボリュームは何割ほどになると考えますか?

ポール氏:
期待も込めて、7~8割程度ではないかと思います。

石井:
まさに、私も同じ考えです!私もいろんな場所で、「8割が自動化する」と提言しているんです。

ポール氏:
日本のコンタクトセンターはリソース不足が問題となっており、そこに対して在宅ワークや福利厚生などの施策を講じて離職率の軽減を図っていますが、やはり「コンタクトセンター=コストセンター」と見られがちで、何かと削減が求められてしまっていることが問題の根底にあると思います。「コンタクトセンター=プロフィットセンター」にするためには、必ずしも全てをAIに任せることが正解ではないと思いますし、日本の“おもてなし”らしく、人間が人間と対話することが、プロフィットセンター化を目指す上で必要であることに違いありません。

ただ、五つ星ホテルや飛行機のファーストクラスで「石井さん、おかえりなさい」と声を掛けられるように、一人一人のお客様を理解した“おもてなし”の接客をコンタクトセンターでも提供していくには、人の手だけでは足りないのも事実です。CRMデータの活用を進化させていけば、コンタクトセンターでも五つ星ホテルやファーストクラスと同様の良い体験ができるようになってくるのではないかと私は思うのです。

今のコンタクトセンターは、オーダーの受け付けやクレーム処理だけに終始するケースが多いですが、人間の力が本当に必要なところに人が集中できるためのAI活用が重要なのだと思います。

―将来的に問い合わせの7~8割をAIが対応するようになったとき、AIによる対応と、残り2~3割の人による対応は、どう棲み分けられると考えられますか?

ポール氏:
まず、今現在はコンタクトセンターを利用した人のほとんどが、電話をしてから待たされた経験をお持ちだと思います。コール数に対応できる「待たないコンタクトセンター」を作るために、人間の手を介さずに済む内容はAIで対応するという発想で、実際にはそういった問い合わせ内容が7~8割を占めていると考えています。

一方の人間は、より業績とプロフィットに直結する対応や業務に専念する形になるだろうと。そうすると、オペレーターは今より営業に寄った志向とポジションになり、コンタクトセンターもコストセンターからプロフィットセンターへと変化を遂げて、会社の成長に大きく貢献していく――。そんな将来像を思い描いています。

石井:
そうですね。AIはナレッジの中に答えがあれば回答できますが、なければ回答できません。人間のオペレーターであれば、稀な問い合わせにも「上長と相談して個別に返答する」といった対応が可能ですが、AIでは難しい上、そういったケースは十分起こり得ます。

このほか、お客様によっては「AIが答えてくれることは知っているけど、追加料金が発生しても人のオペレーターと話したい」というニーズもあると思います。私が聞いたところ、例えば証券会社では、その場で金融商品を買うか買わないかを問わず、既存のお客様からオペレーターに電話が掛かってくることがよくあるそうなんです。この場合、その場で販売していなくとも、「人と話したい」というニーズに応えていれば、オペレーターはお客様の維持のために十分機能していると思いますし、ものすごく自然な口調のAIが出ない限り、そう簡単にAIに置き換わることはないでしょう。

つまり、「人でしか対応できない」「人でなければ説得力がない」など、人であることに価値がある領域に、人間のオペレーターを集中させていくということです。今までのコンタクトセンターは、とにかくオペレーターの数を集める“量”を重視していましたが、AIと人の対応内容が棲み分けられると、オペレーター業務はより特殊技能が求められる“質”に主軸が移っていくと思います。そうすると、オペレーターの採用方法から報酬までもが変わっていくでしょう。

BPO各社も、これまでは大量に人を集めるメカニズムでビジネスを動かしてきましたが、このままではおそらく今後は厳しくなっていくので、自社で正社員としてオペレーターを育成して専門部隊を作るなど、BPOのサービスや仕組みにも変化が起きるかもしれませんね。

最高のCXを目指して、企業は進化を続ける姿勢を。グローバルクラウドリーダー・ジェネシスとモビルスのトップ対談【後編】へ続く。