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急速な進化を遂げる生成AIは、これからのカスタマーサポートとCXにどのような影響をもたらすのでしょうか。

今回、国内のみならずグローバルBPOベンダーとしてもトップクラスを誇るトランスコスモス株式会社 代表取締役共同社長 神谷 健志氏と、顧客サポート業務のソリューションを開発・提供するモビルス株式会社 代表取締役社長 石井 智宏による対談が実現。

海外企業の動向にも詳しい両者に、国内におけるCXの課題と諸外国の事例を交えながら、生成AIの実用に向けた取り組みやリスク対応策、今後の展望などについてお話しいただきました。前編、後編の2回にわたってお届けします。

【前編】
・2023年を象徴する「コロナ禍後の社会」と「技術の進化」
・対ユーザーのAI対応実現には、ナレッジの整理が肝要

【後編】
・自動化へのシフトスピードやCX改善成果の捉え方における、日本と海外の差とは
・「成功事例を作り続け、業界を変える」。両社の協力を強めて企業の成長に尽力

自動化へのシフトスピードやCX改善成果の捉え方における日本と海外の差とは

―生成AIの登場や消費者の行動様式の変容など、世界が絶えず変わりゆく中で、BPOとしてトップを走られているトランスコスモスさんは、中期的な事業モデルをどう描かれているのでしょうか?

インタビュー様子

神谷氏:
大前提として人口が減少しているわけなので、お客様企業のビジネスを前進させる上でも、なるべく人手に頼らない形にしていかなければなりませんし、そうシフトしていかなければ当社の事業も成長できないと考えています。

お客様企業が人手を減らしても業績を向上していけるよう、私たちはCXの改善やビジネスプロセスの効率化といった価値を、よりいっそうテクノロジーを活用して提供していかなければいけません。例えば、CXの改善においては、単にコールセンターを提供するだけでなく、システムやアプリなど新しいテクノロジーをフル活用して、CX向上につながる施策をトータルで講じなければならないということです。

モビルスさんのように、さまざまな分野に長けたテクノロジーを提供されている企業と協業しながら、当社からお客様企業に最適なソリューションを提供し、CXから労働生産性の向上まで、総合的に貢献していくモデルにしていかなければいけないと思っています。

石井:
それぞれの企業にマッチするシステムを目利きしてから組み合わせて提供し、しっかりと使いこなせるように手助けも行うということですね。

神谷氏:
そうです。私たちがお客様企業の現場まで入り込むメリットは、企業がつまずくポイントを多く蓄積し、熟知していることにあると思っています。DXがなかなか進まない理由でも触れましたが、ベンダーに「このシステムを導入すると、これだけ上手くいきます」と言われても、実際は導入したところで成果が出ないことも少なくありません。

そのつまずきポイントは、社内プロセスのルールであったり、先ほど挙がったナレッジの整理であったりさまざまですが、一見すると細かい現場の話のようでも意外と大きく響いてしまうポイントもあるのです。そこを見極めて円滑に進められる当社の強みは、今後も生かしていきたいと思います。

インタビュー様子

石井:
おっしゃる通りで、おそらくテクノロジーだけではあまり大きな変化は起きないだろうと私も思っています。

いくら良いテクノロジーであっても、オペレーションの中にどうやってそのテクノロジーを入れられるかが的確に把握できていることが重要ですし、使う人にとって良いUIであることもセットになっていなければ、結局使われずに終わってしまいます。どうしても、担当者の意気込みやスキルに頼り切ってしまうと、どれだけ良い結果が出ても再現性が確保できませんから。

貴社の場合、お客様企業のビジネスプロセスを担うにあたり、プロジェクトをドライブするような人材も送り込んでテコ入れするようなイメージでしょうか?

神谷氏:
そのケースもありますし、業務を丸ごとお預かりするケースもあります。

石井:
そうやって多くの実績を作られているのですね。
外資系BPOを見ると、「人」と「自動化テクノロジー」のバランスはよりテクノロジーに寄った事業モデルになっている印象で、おそらく課金モデルも国内BPOとは異なるのではないかと思っています。

日本企業にはあまり外資系BPOの手法が浸透していない実態はあるにしても、今後日本におけるBPOの課金も変化するのか、また、企業はどう受け入れていくのか、この辺りの見解をお聞かせいただけますか?

神谷氏:
非常に悩ましいところですが、先ほどのNPSと収益の関係性に近い話で、人手ベースの課金から、今後は成果やアウトプットに対する課金に変わらなければいけないと考えています。そうなると今度は、どのようにして成果を測るかが課題となります。

海外企業と日本企業との考えの差はあるかもしれませんが、成果ベースの課金をなるべく納得いただけるKPIやSLAを打ち立てるチャレンジは必要だと捉えています。いずれにしても、ビジネスモデルを転換する上で、今後の重要なテーマとなることは間違いありません。

とくにCXについては、各種統計を見ても、8割以上の企業が重要な経営課題とみなしているのですが、実際は多くの企業がCXの定義が曖昧なまま、指標としてうまく測定・活用できず、課題を抱えていることがわかっています。

CXを本気で改善したいと考えているのであれば、まずは自社にとってCXとは何かをしっかり定義し、しっかりと数値で測定し、管理し、改善できるようにすべきです。一例ですが、「消費者と企業のコミュニケーション実態調査」では「COMX(コムクス:コミュニケーション体験評価)」をCXの評価指標として用いて、NPSと業績の連動性を分析するなどして、お客様企業に成果をご理解いただけるKPIの測定方法をご提案しており、今後も模索していきたいと思っています。

出典:トランスコスモス「消費者と企業のコミュニケーション実態調査2023-2024」

石井:
ありがとうございます。私自身、システム導入の工数やコンサルメニューの人月による課金に、少し違和感を覚えていたんです。やはり、成果にコミットしてこそだと思っていたました。

神谷氏:
コスト削減の分野は成果が分かりやすい一方で、売り上げに対する投資は広告以外にはなかなかしづらいでしょうし、ましてやCX改善で収益に結果が表れるには長期的な契約でないと難しいので、日本ではまだ様子見状態なのかもしれません。そこも含めてのチャレンジですね。

―海外事業も統括されている神谷様から見て、日本企業と海外企業の間には、どういった違いがあると思われますか?

神谷氏:
やはり、自動化へのシフトは日本より海外諸国の方が圧倒的に速い印象です。2023年秋に東南アジア4カ国のコンタクトセンターを訪問してきたのですが、ほとんどの対応がノンボイス化していてオフィスが静かでしたし、チャットツールの中に自動翻訳機能も搭載して多言語対応も行われていました。

また、オペレーターの話からも、自動化による作業の効率化がリアルに起きていることを痛感しました。日本でも少しずつ事例が出始めているものの、そこまでのドラスティックさではないなと思いますね。

石井:
中国でもノンボイス化が進んでいると聞きますし、そう考えると日本は電話比率がかなり高いですよね。

神谷氏:
そう思います。当社がチャットサービスを提供している企業を見ると、大規模に導入しているところはボイスと同じスコープで運用しているのに比べ、小規模に導入しているところはボイスよりもかなり領域を狭めて運用している傾向があります。狭めている理由の多くは、個人情報の取り扱いがネックとなっているそうなんです。

石井:
金融業などは大半が本人確認業務になるので、そこをチャットのスコープから外されると、利用できる範囲はかなり狭まってしまいますね。

ノンボイスの有人対応は、1オペレーター対1顧客のやり取りになってしまうと電話よりもかえって効率が悪く、平均値では同時に2~3人に対応できてようやく電話のCPC(Cost Per Call)を下回れる計算です。ノンボイスに加えて各所を自動化することでさらなる効率化が図れるものなのですが、1対1の制限を取り払えないケースは往々にしてあります。

「Aさんに対応している内容を、Bさんに送ってしまったときのリスク」が不安なのでしょう。例えば、CRM画面を2つ同時に開いてはいけないポリシーにするなど、対策はいかようにも考えられるので、何とか進められればいいのですが。

神谷氏:
リスクを想定してしっかりと対処しておくことが大事なのですが、日本はどちらかというとリスクを極度に避ける文化的な側面が強いように思いますね。

石井:
一つの業種・業態の中で、シンボリックな会社が1社でも事例を作れれば、風向きは一気に変わるはずです。当社もセキュア・コミュニケーション機能群の「Security Suite」を独自開発し、個人情報を取り扱うようなフォームでの導入が増えてきています。まだまだ1対1の壁はクリアしていかなければならなりませんが、個人情報を取り扱う上での安全面は評価いただいているので、多くの企業に向けて啓発できるよう努めていきたいです。

神谷氏:
そこはぜひ、当社も一緒に取り組ませていただければと思います。

「成功事例を作り続け、業界を変える」。両社の協力を強めて企業の成長に尽力

―生成AIの活用において、トランスコスモスさんでは今どのような取り組みをされているのでしょうか?

インタビュー様子

神谷氏:
ChatGPTなどに代表される、近年話題の生成AIにはハルシネーションといって、一見もっともらしい「嘘」をつくというリスクがあります。

例えば、トランスコスモスへの問合せ先を聞くと、別の会社の電話番号を案内するなどの誤回答が発生します。

しかし、このようなリスクを考慮に入れたとしても、生成AIを活用した自動応答サービスなどに対する利用意向を調査すると、「消費者の64%が自己責任でもいいので利用したいと考えている」という結果も出ていることから、ユーザーの期待値はかなり高いと考えています。

とはいえ、現状はチャットと同じく、有人対応と自動応答をうまく組合せるハイブリッドな運用を行うのが賢明だといえます。

そのような背景もあるので、トランスコスモスでは、自動応答のような顧客フロントの自動化だけでなく、オペレーター支援の自動化もあわせた2軸で生成AIの活用を推し進めています。直近では、生成AIがスーパーバイザーの代行をするような取り組み例などがあります。

まだPoC(Proof of Concept)段階ですが、顧客への回答に困ったオペレーターがビジネスチャット等でエスカレーション(スーパーバイザーに質問・問い合わせ)したときに、生成AIが答える――といったことを実施しています。

この運用が確立すると、将来的には消費者への対応にもつなげていけるのではないかという期待のもとに取り組んでいます。

石井:
私たちも、現場で使える状態を確立した先で、対ユーザー向けに発展させるという方向性は同じです。まずは対社内のオペレーション支援を徹底し、「MOBI シリーズ」などの既存のUIの中に生成AIをはめ込もうと考えています。これにより、1チャットの対応時間は3分の1程度まで短縮できる想定です。

ちなみに、対ユーザーにおいては「パーソナライズ」がキーワードになると思いますが、今、生成AIでパーソナライズの観点を入れ込むことがかなりできるようになってきていて、将来的にはパーソナライズ化した自動回答生成が可能になると私は予想しています。

また、一昔前に比べるとハルシネーション(AIが事実に基づかない情報を生成してしまう現象)の問題もだんだんと抑え込めるようになってきたと感じますが、神谷さんは実際に対ユーザー向けに生成AIが対応できるようになる時期は、いつ頃になると思われますか?

神谷氏:
難しいですが、技術的な話とは別に、企業側のパーセプションに意外と時間がかかるのではないかと思いますね。

石井:
確かに、AIが回答した内容に対する責任をどうするかなど、企業のマインドの問題はありそうですね。仮に、「電話対応なら回答が明日になります。AIなら多少丁寧さに欠けても責任は取れませんが、今すぐ回答できます」といった考えが消費者に通用すれば、不安は軽減されるのでしょうが。

それともう一つ、当面の間はまだスマホの時代が続くとして、例えばSiriなどに企業がナレッジを登録できる機能が搭載されることです。

神谷氏:
なるほど。プラットフォーマー側も個別の企業を相手にナレッジの管理等を行いたいかと言うと、もちろん限界はあると思います。ですが、資金のある巨大グローバル企業などでは考えられなくもないですね。

生成AIの活用が進んでいく上で、石井さんはほかにどのようなリスクや課題を考えておかなければならないと思いますか?

インタビュー様子

石井:
まず、キャパシティの問題が挙げられます。お客様企業が使おうとしても、昨今深刻化しているGPU不足により、思うようにフルスイングで使えない状態が当面は続くと考えられます。

あとは、AI関連で何らかの事故が起きたときに、国の方針が変わったり、新たな規制が発生したりするリスクも懸念されます。何かが起きるリスクは、十分に考えておかなければいけませんね。

―トランスコスモスさんがモビルスに期待することをお聞かせください。

神谷氏:
私たちは今の新しい中期経営計画で、「オペレーショナル・エクセレンスからテクノロジーソリューションカンパニーへの進化」を掲げています。お客様企業のオペレーション改善や業績向上をサポートする上で、良いテクノロジーパートナーとの協力は欠かせません。

モビルスさんとのパートナー関係はもう5年以上になりますが、常に目を見張る取り組みをされていて、良い刺激を与えていただいています。当社のサービスと組み合わせたソリューションを引き続き共創していただければ、何よりも嬉しく思います。今後も一緒に、たくさんの成功事例を生み出していきましょう。

石井:
ありがとうございます。業界が変わるために一番大事なことは、日本企業のCXに対する捉え方を変えることだと思っています。ただ、それは単体のシステム導入だけで叶えられるものではありません。「企業の考えを変える」に向けて、私たちもトランスコスモスさんとの協力を強めていきたいと願っています。

いろんな方法論があると思いますが、先ほど申し上げたように各業種・業態内で1社でも事例が作り出せれば影響は広がるでしょうし、全体で30個でも成功事例が見せられれば、世界が変わるようなインパクトを与えることもできると思います。「Proactive CX」、「Predictive CX」というレイヤーまで含めて、1社でも多くの成功事例を一緒に作っていけるよう、今後ともぜひよろしくお願いいたします。

―最後に、お二方からクライアント企業の皆様に向けて、一言ずつメッセージをいただければと思います。

神谷氏:
消費者の行動や志向は日に日に変わっていると言っても過言ではない中、海外諸国を見ると、企業も圧倒的なスピードで変化し続けています。

一方の日本企業は慎重に進める傾向が強いものの、独自の素晴らしい製品・サービス・価値観などがたくさんあるので、そこに競争力が兼ね備えられれば、ますますの成長・発展が遂げられるのではないでしょうか。そのための支援に、引き続き当社も尽力させていただければと思います。

石井:
私は新入社員が入ってくるたびに、「最近、サポートセンターに電話したことがある?」と聞いています。5人に1~2人は「ある」と答えますが、なかなかつながらなかったといった理由で、「(対応が)良かった」と言う人は毎回ほぼ0人です。こうした、ユーザーの持っているサポートへの不信感を払拭したいですし、海外には満足度の高いサポート対応が提供できている企業が多く見られるので、悔しいけれども日本も追いつきたいと私は思っています。

加えて、オペレーターやスーパーバイザーの人材不足が叫ばれていますが、楽しんで業務にあたれている声があまり聞かれないことに、もの悲しささえ感じるものです。海外企業ではCCO(最高顧客責任者)などの顧客体験の統括責任者が当然の如く置かれているほど、CXがトップイシューとして捉えられており、オペレーターは花形のキャリアとなっています。CX改善はあらゆる課題解決の手掛かりになるはずですので、ぜひ重要性を高めて取り組んでいただければと思います。