Pocket

AIチャットボットの普及に続き、サポート現場ではオペレーターによるチャット対応の導入も広まってきています。背景には、LINEが8,000万人が使うコミュニケーションインフラに成長し、日常のコミュニケーションツールとしてチャットが身近になっていることがあります。また、75%のコールセンターでオペレーターの採用に苦戦しており (「コールセンター白書2019」より) 、人手不足が深刻化していることからチャットサポートへの期待が高まっていることも大きな要因です。

そこで今回は、コールセンターの新規立ち上げから運用支援、システムの構築、オペレーション設計、コンサルティングを行うサポートセンターのスペシャリスト 株式会社Me-Rise 代表取締役 東峰ゆか氏に、コールセンターのチャット導入時のオペレーション設計やKPIの指標、オペレーターの育成や運用段階での失敗例や成功の秘訣について、モビルス株式会社 代表取締役社長 石井智宏がお話を伺いました。

チャットボットへの過度な期待から地に足付いた活用へ

avatar
石井
幅広い内容で活躍されていますが、オペレーションの構築・運用が案件では多いですか?
avatar
東峰
オペレーションですね、完全に。
でも最近は、半分くらいはFAQやチャットの話になっています。
avatar
石井
なるほど。
チャット案件が増えてきているとのことですが、チャット導入の流れをどう見てますか?
avatar
東峰
(コールセンターの専門誌を出版する)リックテレコム主催のセミナーで3年前からチャット講座を担当していました。参加者はチャットを導入している人から検討を始めたばかりの人もいて、チャット導入を検討するコールセンターが増えていく中でチャット構築の比重をどこに置いてセミナーをするか、定義が難しくなってきた時期でした。

同時期にFAQ講座も担当していましたが、3年前はチャット講座の参加者が多かったですが、最近はFAQ講座が満席で人気なのです。FAQ講座の参加者に話を聞くと半数以上がチャット導入を考えていると。チャット運用にFAQが欠かせないと思っている人が増えてきていると思います。
サポートセンターの専門家、Me-Rise代表東峰ゆか氏インタビューの様子
東峰ゆか。株式会社Me-Rise 代表取締役。テクニカルサポートのオペレーターを4年、ISP(インターネットサービスプロバイダ)にて3次クレーム対応と業務改善を3年、アウトバウンドSVとセンター立ち上げを5年、コンサルティング会社にて1年間の勤務を経て独立。
2014年株式会社Me-Riseを起業。コールセンターの立ち上げから業務改善、PBX(音声基盤)のリプレース(交換)やCTI(Computer Telephony Integration:電話やFAXがコンピューターと連携できるシステム)、CRM(Customer Relation Management:顧客管理)などシステム導入、オペレーション設計やオペレーター育成支援などコンサルティング業務を行うほか、研修講師としても活躍。
また、島根県でコールセンターの運営や秘書代行業を行う、株式会社Nex-Eの取締役も務める。
avatar
石井
チャット講座は、チャットボットの話ですか?
avatar
東峰
両方です。チャットボットと有人チャットの選択の仕方や、組合せた活用の話もしましたし、有人チャットのオペレーション構築の話もするので盛沢山の内容でした。
avatar
石井
FAQはオペレーターが使うナレッジ的意味合いもあるし、ボットに入れる教師データ的な意味もありますか?FAQというと昔からあるので今更感もありますが、いわゆるWebのFAQも同じ話ですか?
avatar
東峰
そうですが、コールセンターのオペレーターが使うFAQを想定した話をしています。
avatar
石井
チャットボットのブームが起き始めたのが2017年くらいからだと思いますが、「AIだ」「チャットボットだ」といった過熱感は落ち着きつつあるかなと。大企業だと複数の異なる部署でバラバラにチャットボットのPOC(実証実験)をしたり…それが何のためにやったPOCだったか?効果は出ているか?と立ち止まり、見直しが始まっていると感じていますが、いかがですか?
avatar
東峰
その通りだと思います。盛り上がりの面では、講座の受講数や問合せを受ける感覚からするともう少し爆発的に増えるかと思っていました。
avatar
石井
なるほど。そのピークから比べると落ち着いてきている感じはしますか?
avatar
東峰
感じますね。ただFAQ講座は人気が高いので、チャットボットへの過度な期待から、もう少し地に足をつけてやろうという考えに変わってきている気がします。
avatar
石井
我々もそう感じています。チャットボットは有人チャットと比べると導入ハードルが低い。オペレーターのチャットサポートを一から始めようとすると、採用から運用体制の構築、トレーニングまで準備が簡単じゃない。費用面でも高いチャットボットでも月額80~90万円。年間でも1000万円いかないくらい。

オペレーター対応は人が絡むのでコストが高い。会社の上層部からAIで何かやれと言われていたり決裁が通りやすい。こういった側面からもチャットボットは導入しやすく、一気に普及したのではと思います。
avatar
東峰
AIの中では始めやすいですよね、間違いなく。
モビルス代表石井智宏とMe-Rise代表東峰ゆか氏のインタビュー対談の様子
石井智宏。モビルス株式会社 代表取締役社長。ドイツ・アメリカ・中南米で半生を過ごす。2009年にペンシルバニア大学ウォートンMBA取得。早稲田大学卒業後、ソニー株式会社にて、11年間ラテンアメリカにてセールスマーケティングに従事。5ヶ国語のエスカレーションコールを受け取る電話セールスセンターの構築を担当。その後、国内投資ファンドでコールセンターシステムの導入・運用を担当、ソニー元社長兼会長が設立したクオンタムリープ株式会社のエグゼクティブパートナーとして企業の海外進出を実行支援。
2014年モビルス株式会社 代表取締役社長に就任。受託開発中心のビジネスから業態チェンジをし、主力製品「mobiAgent」や「mobiConsole」をリリース。企業のコールセンターや自治体向けに製品の提供、導入支援を行っている。
mobiVoice

「全ての問合せに対応するチャットサポート」は失敗する

avatar
石井
電話のオペレーターの採用が難しくなっている中で、チャットの有人対応にシフトしてきている。おっしゃる通り、地に足付いた運用が必要で、電話、有人チャット、チャットボットを組み合わせた運用がトレンドになってきていると思います。
導入支援をされる中で、電話と比べてチャットならではの難しさや課題はありますか?
avatar
東峰
そうですね、いろいろありますが、KPIを決められないことが電話との違いですね。最初に決めても、どのくらい問合せが入るかボリュームが読めない、対応開始後に返信待ちで隙間時間が空くことも多いので、最初の設計時に電話のように完全に決めるのは難しいと思っています。ある程度チャットサポートの運用が起動に乗ってから決めても良いと思いますが、そうもいかないセンターさんもあるので…
avatar
石井
オペレーターのトレーニングの側面ではいかがですか?
avatar
東峰
チャットツールは慣れれば使えるので問題ないですが、正しいビジネス敬語を使った文章を書くことができない人が多い。書き言葉に慣れていないのだと思います。若い人だけに限らずです。コールとは違う難しさがあるので、言葉遣いや口調、使ってはいけない言葉一覧など、設計時に決めておく必要があります。
avatar
石井
チャット導入後の業務改善の依頼もあるかと思いますが、こういうチャット対応が失敗するという例はありますか?
avatar
東峰
いろいろあります…例えば電話と同じ対応範囲を想定していたり、最初から一人で複数同時対応を課していたり、チャット導入の目的やゴールが定まっていない単にチャットを入れたら呼量削減になると考えていたりチャットの利用客層の想定ができていないのに、電話問合せの分散を期待するなどです。これらは、事前の設計で解決できることなので、どれだけ設計が大事かわかりますね

オペレーターの運用体制では、電話と一緒に一日の中でシフトを組んで対応するセンターもありますが、チャットオペレーターは専任化をお勧めしています。専任化してやらないとなかなか習熟しません。
チャットサポート導入で電話の問合せが分散されて呼量削減になるという考えが、最初の頃は多くありました。全てに対応するチャットサポートだと、失敗のリスクが高まります。成功している例だと、ヤマト運輸の再配達受付のチャットボットです。これは、再配達受付に絞った問合せ窓口で、チャット対応に向いている業務を切り出していることでシンプルな設計で非常に使い易く、運用しやすい設計です。
最近は、チャットボットで何を問合せるか、全部対応にするのではなく中身が大事と考える人が増えています。あとはチャットの導線、置き場所も大事です。
インタビュー風景
東峰さんが登録する企業や病院などのLINEアカウントを見ながら、チャットを上手く活用しているアカウントはどこか盛り上がる。

初回発言時間、対応数、平均対応時間…KPI設定の指標を考える

avatar
石井
有人チャットサポートの新規で立ち上げ時のコンサルを依頼されたとき、最初の設計から運用までの流れを教えてください。
avatar
東峰
まず、言葉遣いや口調です。対応時の主な話し方、漢字の使用頻度や一文の長さ、枕詞の有無、名乗り、文章構成、クロージングの仕方などを決めます。次にFAQサイトへの誘導や電話窓口誘導のルールを決めて、そこからエスカレーションなど細かい部分を決めていきます。ただ、KPIというかチャットサポート開設の目標から決める場合も多いです。目標がなかったり、「売上を一億達成する」というセンターの人が頑張ってもできないような目標の場合は修正します。ここは電話と同じですね。オペレーションルール、目標を決めたあとは、オペレーションのトレーニングでロープレをやっていきます。もちろんモニタリングシートも作ります。タイピングの練習をしようとするセンターもありますが、あまり意味がないと思います。
avatar
石井
KPIを設定する場合、どういう指標になります?
avatar
東峰
一番簡単なのは初回発言時間です。オペレーターへの問合せ着信が入ってきてから担当オペレーターが最初に発言するまでの平均秒数です。定型文で対応できるので5秒などに設定できます。まずはそこを決めることが多いです。問合せが完了した対応数や、オペレーターの平均対応時間、直前のお客様の発言からオペレーターが応答するまでの平均時間などもあります。また、お客様からの返信の待ち時間を何秒に設定するか、この辺りを決めることは可能です。
もちろん、有人対応で担当者が付かない状態で放置された未対応数や、小窓起動時に時間外などで小窓を開始出来なかった放棄数などもKPI設計指標の一つです。
avatar
石井
それ以外だと例えば、一人のオペレーターが同時に対応する数を目標値に置くこともありますか?
avatar
東峰
それは最初からは設定しないですね。実際に複数対応できているセンターもありますが、すごいと思います。最初の半年くらいは難しいと思います。
avatar
石井
業種にもよりますよね。
avatar
東峰
そうですね、よくある質問が多い場合なども良いですね。
avatar
石井
契約内容などでお客様の確認を必要とする業種だとやりやすいと思います。オペレーターが「~について確認いただけますか」と聞いてからお客様の確認時間が発生する場合、返信待ちの間に同時進行で複数対応する。隙間時間が多い場合は有効かと。あと、定型文とかナレッジ利用など支援機能を用いて対応効率上げることで、同時対応数があがっていく。
avatar
東峰
テック系もそうですよね。
avatar
石井
センターによって業種も対応内容も習熟度も異なるので、以前は難しいと思っていたのですが、同時対応数が増えているお客様もいます。習熟度もそうですが、ツールサポートの力が大きく、例えばあるメーカーでは、パソコンの修理受付をチャット対応しています。修理受付は最初に聞くことが決まっているので、製品名や故障状況をチャットボットが聞き取りをし、その後必要に応じてオペレーターチャットに渡す。チャットボットを組み合わせることで、対応数の増加やチャットでの平均対応時間の短縮など効果的です。

チャットサポートは役割を絞ると効果的

avatar
石井
これはボットに向いている、お見事と思ったチャットサポートはありますか?
avatar
東峰
シンプルなものにつきますね。ヤマト運輸の再配達受付のLINEチャットは最強です。チャットボット導入前はIVRだったと思うので、いくら削減できたんだろうと考えるだけで楽しくなっちゃいます。
昔はコールセンターでの電話受付で、そのあとIVRを経てLINEチャットになって。ヤマトは本当に素晴らしいと思います。このようにピンポイントで役割を絞ってやるべきです。
avatar
石井
ヤマト運輸のLINEチャットは逸品ですよね。
avatar
東峰
チャット導入の目的が明確なのが良いです。アニコム損害保険のLINEも良いですよね。
アニコム損害保険のLINE。LINEチャットボットで保険金請求が可能
アニコム損害保険株式会社のLINE公式アカウント。LINEチャットボットで簡単に保険金請求手続きを完了できる。
avatar
石井
アニコムさんは当社のチャットシステムを導入いただいてますが、使い方が見事です。FQAの問合せにもチャットボットを使っていますが、メインは保険金請求や保険加入といった手続きの自動化に特化しています。目的が明確なのでチャットボットの効果が出ているのだと思います。

また、獣医師が100名社員にいるのが会社の特徴とのことで、それを活かし獣医師にチャットで心配事やしつけの仕方などを気軽に相談できる「動物ホットライン」というチャットサービスも行っています。これも評判がよく、保険の加入者限定サービスですが月間1000件を超える相談があるそうです。
avatar
東峰
アニコムさんはモデルが明確ですよね。会社としてのビジョンも明確で、それに基づいたチャットサポートを構築している。
avatar
石井
ほぼ宣伝をせずLINEの友だちが17万人。基本的に保険金請求の告知だけでここまで来ていて、毎週お知らせを配信していても、離脱率はほぼゼロなのです。
avatar
東峰
いやー・・・全然違いますね。
avatar
石井
これまで郵送でやりとりをしていた保険金請求の30%をLINEのチャットボットで対応できています。LINEの利用者数の属性は、加入者の年齢構成に近く、50~60代の方も多いそうです。とても良い事例ですよね。
avatar
東峰
これほどきれいにできているところはないなと、いつも思っています。
avatar
石井
情報配信も新規顧客獲得のためではなく、加入者の方向けの内容です。獣医師に相談できる「動物ホットライン」も含めて、病気を未然に防ぐことを促進しているので、夏は熱射病の予防など病院に行かなくてはいけない事態を避けるための配信をしています。コミュニティを作るなどいろんな取り組みに発展していますね。
avatar
東峰
難易度が高そうに見えて意外とシンプルな取り組みで、再現性もありそうなのですごいです。私はいろんな企業のLINEアカウントと友だちになっていますが、色々見ていてもそこまで良いのはなかなかないです。
今挙げた二社以外ですと、病院の予約がとれるチャットボットも役に立ちます。保険会社だと一問一答形式で、どんな保険がお勧めかなど加入前の相談はシンプルで良いと思います。
コールセンターのBCP対策
avatar
細川
導入時に設計する項目、KPIの指標や役割の決め方など、チャットサポートをうまく活用するヒントを、豊富な現場経験からお話いただきました!東峰さんありがとうございます!
チャット導入に関するご相談は、こちらからお待ちしております。