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コンタクトセンターの長年にわたる課題、生産性の向上。生成AIの登場は、課題解決への期待に応えることができるのでしょうか。コンタクトセンターの経営思想やCX(Customer Experience)、生成AIへの取り組みにおける日本の現在地や今後求められる視点とはー。

2024年1月19日、コンタクトセンターCRMのリーディングカンパニーであるテクマトリックス株式会社とコンタクトセンター向けCXソリューションを開発・提供するモビルス株式会社は、資本業務提携を締結しました。

テクマトリックス株式会社 取締役 常務執行役員 アプリケーション・サービス事業部門長 鈴木 猛司 氏と、モビルス株式会社 代表取締役社長 石井 智宏が対談し、業務提携締結に至った背景や今後の展望、2024年の業界トレンドから海外と日本でのCXや生成AIの取り組み状況の違いまで、たっぷりと語り尽くしていただきました。前編・後編にわたってお届けします。今回は前編をお届けします。後編はこちら

【前編】

【後編】

■対談メンバー

テクマトリックス株式会社 取締役 常務執行役員 アプリケーション・サービス事業部門長 鈴木 猛司 氏

1989年のニチメン株式会社 入社より、一貫して最先端技術を利用したソフトウエアの事業開発に従事。現在は、テクマトリックスが開発・販売する「FastSeries(ファストシリーズ)」を、国内外のコンタクトセンターに提供する事業を推進。また、世界のCRM団体と連携し、日本国内のCRMの発展をめざす団体である、一般社団法人 CRM協議会の理事も務めている。

モビルス株式会社 代表取締役社長 石井 智宏

1998年 早稲田大学卒、2009年 ペンシルバニア大学ウォートンMBA取得。ソニー株式会社にて11年間ラテンアメリカ市場におけるセールスマーケティングに従事。MBA取得後、国内投資ファンドにて執行役員。その後ソニー会長率いるクオンタムリープ株式会社のエグゼクティブパートナーとして多数の日本企業の海外進出を実行支援。2014年モビルスに参画。受託開発中心のビジネスから業態チェンジをし、主力製品「MOBI AGENT」や「MOBI BOT」「MOBI VOICE」などをリリース。企業のコンタクトセンターや自治体向けに製品の提供、導入支援を行っている。


生成AI登場で、コンタクトセンターの長年にわたる課題解決に高まる期待

ーはじめに、資本業務提携締結に至った背景と双方で期待されていることをお聞かせください。

石井:
テクマトリックスさんとは、コンタクトセンターに対し共通した課題感をもっており、長年議論をさせていただいてきました。弊社が持っていないCRMやFAQといったコアソリューションをお持ちの点や、弊社の「MOBIシリーズ」との連携に期待しています。コンタクトセンター業界のデジタル化の促進や、CXで企業のブランディングをするといったテーマの訴求など、お互いが持っているソリューションの総合力でこの市場を変えていきたいですね。

鈴木氏:
CXへの取り組みは、ベンダーとしてやらないといけないことが山のようにあるので、一社ではやりきれません。例えば、チャット、CRM、FAQなど、一つひとつのツールを突き詰めるととても深いです。広く浅くか、狭く深くか、二択になってしまいます。グローバル展開をしていく上ではどちらかだけでは不十分なので、チームを組んでお互い補完し合い、広く深くサポートできるようにしたいと考えたことが背景にあります。

ー2024年に各社が取り組まれていくこと、また、コンタクトセンター業界のトレンドについてお聞かせください。

石井:
2024年は生成AI一色で、特にBPOさんは危機感からビジネスモデルの転換などを考え始めたことが大きな変化です。ずっと変わらなかった業界が、急激に変化ポイントを迎えました。

その中で弊社が重点をおいているのは、既存の製品であるチャットボットやボイスボットに、生成AIを活用した機能を搭載していく開発です。各社同じテーマで開発している中、いかに1歩先を行くかが重要な点です。スピードでは他社に負けていない自負があります。

鈴木氏:
2024年、2025年は温めてきた複数のプロジェクトを実りある形にしていく予定です。この中には、生成AIというテーマも入っていますし、海外展開も大きなテーマの一つです。

業界のトレンドについては、弊社ではコンタクトセンター関係者を対象とした意識調査を長年定期的に行ってきました。毎年調査する中で、コンタクトセンターの課題として「生産性を上げたい」というのが、他の項目と比べて断トツで高い状態がずっと続いています。生成AIの登場はコンタクトセンター業界にとって、長年の課題である生産性の向上を解決する上で待ち望んでいたものになるのではないでしょうか。生産性を上げられる何かをずっと待っていたのです。これまでもいろいろと試してきましたが、なかなか生産性向上の課題はなくなりませんでした。生成AIは、今までと比べて期待値が各段に高いです。

石井:
特に、要約と分類は以前からソリューションは出ていますが、高額のわりには効果が出ないものばかりでした。それが最近は飛躍的に効果が出るようになっていますね。


日本のカスタマーサポートレベルは世界一だが、ローカライゼーションは必要

ーテクマトリックス社は海外コンタクトセンター市場を開拓されていますが、現在の海外市場はいかがでしょうか?

鈴木氏:
先ほど、日本のコンタクトセンターの課題は断トツで生産性の向上だと話しましたが、裏を返すとそれだけ人が足りないのです。日本は人口がどんどん減少し、生産年齢人口は今7,000万人ほどです。20年後は1,000万人も減ると予測されています。コンタクトセンターは常に人手不足に直面しているので、生産性を上げないといけないという危機感がさらに強いのでしょう。

日本の生産年齢人口の推移予測。テクマトリックス株式会社提供。

他の国だと、例えば出生率が高い国は、人件費が安いのでAIにお金をかけるのだったらまだ人を雇って対応するという場合もあると思います。北米や欧州や日本は、人口下降傾向なので生産性を重視します。海外の中でも地域によってこうした違いがあると感じています。

ーアジアは人口が増加していて人件費がまだ安く抑えられていると思いますが、その中でタイへ拠点を置くなど踏み込もうと思われた背景をお伺いしてもよろしいでしょうか?

鈴木氏:
タイへ進出した背景は二つあります。日本のコンタクトセンター市場やCRM市場は緩やかに成長していますが、長期的スパンで見ると飛躍的な成長は期待できません。そのため、日本以外の国で展開していきたいと考えたことが一つです。

一方、コンタクトセンターでの悩みごとは、日本でも日本以外の国でも同じと仮説を立て、ASEAN進出前にヒアリングを行いました。やはり生産性向上など課題は同じでした。人件費が安いという点での違いはありますが、ソリューションプレーヤーの競合も変わりませんでした。日本でやっていることと基本的には同じことができると仮説を立て、別のマーケットで戦ってみようと考えていたことがもう一つの理由です。

ーコンタクトセンター領域で海外市場に展開していくために重要なことは何でしょうか?

石井:
アメリカ・EUとASEANは規模感が違うと思いますが、グローバルプレイヤーのBPOはかなり先を行っています。欧米と日本のBPOの間には大きな差が開いています。欧米ではビジネスモデルが日本とは異なり、1コール何円、1席何円というビジネスモデルから脱却しているのです。グローバルプレイヤーとして入っていくためには、今のビジネスモデルやソリューションでは難しく、ビジネスモデルを作り直す必要があります。SaaSのプロダクトの提供だけでなく、企業の顧客設定を全部描き直す、カスタマージャーニーの設計や、ビジネスプロセス自体の設計から入っていくといったことが求められます。弊社でも今後は、CX全体を視野に入れた事業を展開していきたいと考えています。

鈴木氏:
日本のカスタマーサポートのサービスレベル、サービスクオリティは世界一だと私は思っています。日本の高い基準の要望を満たして設計したソリューションを提供できれば、日本以外でも十分戦えるはずです。一方で、「too much」と言われるかもしれません。

日本の製品を持っていくと機能欠落の烙印を押されることや、品質が悪いと言われることはないです。その上で何が必要かというと、国によって事情が変わるので、地域に合わせてカスタマイズするローカライゼーションが必要です。

実際にあった話ですが、弊社の製品は標準でUIの配色を3色設定しています。国内で販売している製品では、デフォルトのUIの配色はブルーベースです。しかし、タイの市場ではシックな色調が好まれるため、製品のカラーを変更しました。色の変更に合わせて文字も減らしています。機能的には何も変わっていませんが、こうしたローカライゼーションを行っています。

製品機能の削除や追加が求められることはないですが、東南アジアはソーシャル系コミュニケーションチャネルを使いたい方が多いので、連携に対応しています。タイは「LINE」、インドネシアは「WhatsApp」が主流で、タイは日本以外でLINEの普及率が高い国の一つです。


2024年は生成AI活用の将来を決める勝負の年になる

ー生成AIにおける海外と日本の取り組みの違いをどう見ていますか?

石井:
アメリカのソリューションベンダーは、実際にどれほどの具体的事例があるか不明ですが、生成AIは搭載完了したという体で訴求しています。

鈴木氏:
北米は進んでいると思います。アメリカの調査レポートによると、「2024年中に生成AIで実現したいことは?」という問いに対して「ナレッジ品質の向上」「セルフサービスの改良」「エージェントの支援」などの選択肢があり、「1年以内にやりたい」と80%以上が答えていました。アメリカの多くは、少なくとも2024年中に取り組みたいと考えているようです。

一方、テクマトリックスが行った日本での独自調査では、「生成AIを使っている」と応えたのは31%、「使っていない」が53%、「半年以内に使う予定」が6%、「わからない」が10%という結果でした。

日本の「生成AIの導入」に関する調査結果。テクマトリックス株式会社提供。

「半年以内に使う予定」と回答した人が6%、「使っている」と回答した人と合わせると、2024年中に少なくとも40%ほどが使い始めているはずなので、アメリカと比較して決定的に遅れているということではないと感じていますが、2024年は将来を決める勝負の年です。

アジアは経済成長率が高いので、日本と比べてどんどん新しい技術である生成AIを入れていこうという気概が強いです。ただ、生産性を上げていくことが重要だと認識しつつも、人が多く人件費が安いこともありあまり進んでいる気配はありません。言語的にタイ語は自然減処理が難しいことも起因しそうです。

石井:
言語の作りやすさとして、英語が先行するのは必然と言えますよね。

鈴木氏:
遅れている時間軸は以前ほど離れていなく、アメリカでサービスが出た半年後に日本で出て、さらに半年後にベトナムで出てというスピード感になっています。

【後半】生産性向上のその先へ、生成AIがCXを加速する。CRMのリーディングカンパニーのテクマトリックスとモビルスが対談へ続く