生成AIは、コンタクトセンター(コールセンター)において、自動応答の精度向上やオペレーターの業務支援など活用が広まりつつあります。コンタクトセンターで使われるシステムでは、今後、生成AIはどのような発展を遂げていくのでしょうか。コンタクトセンターCRMのリーディングカンパニーであるテクマトリックスとコンタクトセンター向けCXソリューションを開発・提供するモビルスの技術者対談が実現。両社のトップ技術者が見据える未来とは。
テクマトリックス株式会社 執行役員 CRMソリューション事業部 CRMソリューション技術本部 本部長 CRMソリューションサービス開発部 部長 町田 崇氏と、モビルス株式会社 MooA開発室長 兼 Evangelist ウズン メジトケレムが対談。
生成AIがコンタクトセンター業務へ与える影響や、海外と日本での投資・導入に対する思考や対策の違い、生成AI導入のポイントや成功体験、生成AI連携の今後の展望など、技術者目線でたっぷりと語っていただきました。前編・後編にわたってお届けします。今回は前編をお届けします。後編はこちら。
前編
- 応対前後や応対中、すべての要所で生成AIの技術を活用し、業務の効率化・応対品質や洞察力の向上に貢献
- 過度な正答率は求めずハルシネーションとも上手に付き合う、エンパワーメントやパーソナライゼーションへの活用も進む
- アウトプットの良し悪しは質問力で差が出る、正当性を判断できる力も必要、生成AIは利用する人間のスキルが求められる
後編
- ナレッジの整備は不可欠、スモールスタートでPDCAを回す、生成AIの限界値からゴールを設定することが成功へ導く
- カスタマーサービスの向上やパーソナライズされた体験の提供でCX向上、シームレスな連携で操作ミスが起きない仕組みを作る
- VOC分析やナレッジ自動生成など生成AIがデータ活用を促進、価値を生み出すコンタクトセンターへ
■対談メンバー
テクマトリックス株式会社 執行役員 CRMソリューション事業部 CRMソリューション技術本部 本部長 CRMソリューションサービス開発部 部長 町田 崇氏
2002年 テクマトリックス入社。製品開発・導入・サポート等、FastSeriesに関する全ての活動に従事し豊富な経験を持つ。
モビルス株式会社 MooA開発室長 兼 Evangelist ウズン メジトケレム
MooA開発室長 兼 Evangelist
東京大学大学院修士課程・博士過程(数理科学)を修了。2019年 モビルス株式会社入社。カスタマイズチームにて顧客に適切なモビルス製品のカスタマイズを提案。MOBI AGENTチームへ異動し製品開発と並行して、MooAⓇ(ムーア)の前身システム開発に携わる。2023年3月にMooA開発室を立ち上げ、2023年5月にEvangelistへ昇格。
応対前後や応対中、すべての要所で生成AIの技術を活用し、業務の効率化・応対品質や洞察力の向上に貢献
ーはじめに、普段の業務内容について教えてください。
町田氏:コンタクトセンター向けのCRMシステム「FastSeries」の開発・提供において、私は、サービス開発とクラウドサービスの運用からお客さまへの導入・サポートまで、すべての部分に技術的に関わっています。
ウズン:オペレーション支援AI「MooA®」を中心にAI関連プロダクトの研究・開発を担当しています。生成AIなど新しいAI技術をコンタクトセンターでどのように活かせるかの研究を始め、お客さまの要望をいかに実装するか、既存プロダクトとのインテグレーション※1を含めて研究・開発を行っています。
※1 インテグレーション:複数のシステムを接続・連携・統合して操作できるようにすること
ー技術者目線で、生成AIの登場はコンタクトセンター業務をどのように変えるとお考えですか?
ウズン:コンタクトセンター領域のシステム開発に関わって6年になりますが、当時から課題であった人手不足に対してオペレーター業務の負荷軽減・効率化を図る支援機能開発に取り組んできました。生成AIの登場により、要約の自動生成や応対履歴の分析が高精度に出来るようになるなど、応対前後や応対中、すべての要所で生成AIの技術を活用し、これまで実現できなかった開発の多くが可能になっています。
「MooA」については順次、新機能を追加しています。例えば、通話内容をテキスト化し要約する「VoiceSummarize」、オペレーターの総応対時間を短縮する「TextSummarize」、通話録音データ/テキストデータからVoC・FAQの自動抽出する「VoiceRefiner / TextRefiner」といった、応対履歴の要約やFAQの自動生成など応対後の業務を効率化する機能を搭載しています。今は、リアルタイムで応対内容を高精度に文字起こしし、回答を自動生成する機能を開発中で、応対中の業務効率化や応対品質向上に着手しています。
町田氏:大きく4つの変化があると考えています。1つ目は、業務効率化の向上です。回答の自動生成や要約などによって、ACW(後処理時間)やATT(平均通話時間)、ART(平均解決時間)などが大幅に削減されます。
2つ目は、応対品質の向上です。どのオペレーターも生成AIから一貫性のある情報を引き出し回答することが可能なので、オペレーターごとの情報格差や、アウトプットする内容の差がなくなり、応対品質が向上されます。
3つ目は、オペレーターの役割の変化です。生成AIの登場により、オペレーターはより高度なタスクに集中することが期待できます。例えば、簡単なタスクはAIに任せて自動で完結し、複雑で感情を伴うような対応はAIの支援を得ながら人間が対応するなどです。
4つ目は、洞察力の向上です。問い合わせデータから、顧客ニーズの把握や問い合わせ傾向の洞察、サービスの改善や課題の洞察を、今まで以上に速く行うことが可能になります。
これら4つの変化によって、顧客満足度の向上、従業員満足度の向上につながると考えています。
ウズン:コンタクトセンターは、離職率が高く人の入れ替わりも多く、オペレーターの育成に要する負荷が高いという課題をよく耳にします。生成AIによる回答の自動生成や要約が可能になると、オペレーターがやらなくて良いことが増えるため、育成期間を短縮し本対応を始めるまでのスピードが早まることも期待できます。
過度な正答率は求めずハルシネーションとも上手に付き合う、エンパワーメントやパーソナライゼーションへの活用も進む
ー続いてのテーマは、海外と日本の生成AIのトレンドや投資、それに対する実行や対策の違いについてです。テクマトリックスさまには、前回の対談から半年以上経っているため、最新の海外トレンドについてお伺いできればと思っております。
町田氏:先日アメリカの展示会へ視察に行ってきましたが、生成AIへの期待度は日本以上に高いと感じました。展示会の多くのセッションでは、実業務での生成AI活用と具体的な成果が出ている事例を多く耳にしましたが、同じ時期に開催された日本のイベントでは、検証段階という事例が多く、まだ実業務の活用に踏み切れていない状況が多い印象でした。
日本は生産性向上や効率化、コスト削減に対しての活用がトレンドですが、アメリカではこれらに加えて、エンパワーメントやパーソナライゼーションに対しての活用意識が非常に高いと感じました。生成AIによってオペレーターに権限や責任を与え、主体的に行動できるようにする、そして問い合わせをしてきた顧客に対して、顧客の履歴や特性に基づいてカスタマイズされた特別なサポートを提供するといった活用です。こうした活用を通して、顧客満足度・ロイヤルティ向上、良好な体験として顧客体験(CX)向上に貢献していくといった考え方がトレンドになっていると思います。
導入に対する思考の違いという観点ですと、日本のお客さまやベンダーは、正確性を求める意識が非常に高く、実業務利用に対してのハードルが非常に高いと感じています。例えば、正答率は70%ではダメ、90%以上欲しいという話を良く聞きます。
アメリカの展示会でいくつかのベンダーに対して正答率やハルシネーションの取り組みを聞いたところ、「ハルシネーションが起きるのは当たり前。どの企業も生成元のソース情報を確認する仕組みを入れている」といった回答で、過度な正答率は求めず、ハルシネーションと上手に付き合っていく思考が強いと感じました。
こうした違いから、アメリカの方が導入が進み、具体的な成果を出せているのかもしれません。
一方、タイのコンタクトセンターでの活用事例はまだ確認できていない状況です。タイはファミリービジネス(家族経営)が主体で、保守的な考えを持つ会社が非常に多く、生成AIの利用を禁止している会社も少なくないようです。検証も進んでいない会社も多く、なかなか導入が進まないといった話も聞いています。誤情報の拡散を増加させる可能性や、法的責任に関する懸念、サイバーセキュリティリスクについて懸念しており、日本よりも慎重になっている印象でした。国やビジネスの成り立ちによっても導入のスタンスの違いがあり、非常に興味深く感じています。
ーアメリカのパーソナライゼーションについて、具体的な使い方など詳しくお聞かせいただけますか?
町田氏:例えば問い合わせをしてきた人の属性、住んでいる地域や年齢、過去の問い合わせ内容を元に最適な回答をするためのサジェストを出すといった使い方をしています。
オペレーター支援の観点だけでなく、問い合わせをするお客さまにとっても、自分のことを分かってくれているという特別感を感じます。それによって、顧客体験(CX)・顧客満足(CS)が向上したという話をしていたセッションが多かったです。
ウズン:日本ではまずハルシネーションが懸念されるため、実業務での活用まで行かず検証段階から進まないことが多いです。私もアメリカの考え方と同じで、生成AIは解決のための手段の一つなので、ハルシネーションが起こることを前提とした運用を考えた方がスムーズに進むと思っています。
アウトプットの良し悪しは質問力で差が出る、正当性を判断できる力も必要、生成AIは利用する人間のスキルが求められる
ー続いて、生成AIの開発で分かってきたことについてお聞かせください。
ウズン:一言でいうと、生成AIは文脈の理解に非常に優れている技術だということです。例えば、今までのAIは文脈を理解せずキーワードを元に質問の文章を予測して回答していましたが、生成AIは文脈を理解して回答を導くことができます。生成AIは文脈を理解することで、要約生成、FAQ生成、VOC分析、コード生成といった領域を得意とすることが分かってきました。
コード生成に関しては、プロダクトにそのまま実装することはなく、アイディア補助として使うイメージです。コード生成でもハルシネーションの問題があり、生成AIが作ったコードを使ってバグが生じることもありますが、普段からコードを書いているエンジニアは間違いに気付き修正できるのでそこまで問題にはなりません。生成AIを使ってデータ解析をしたあと、開発者の確認フローがあるので、ハルシネーションが問題にならないのです。
町田氏:テクマトリックスでも開発業務で使うことはありますが、プロダクトに埋め込むコードをAIがゼロから作ることはしていません。急ぎの依頼など、スポット的に使います。例えば、100種類あるデータを急ぎで加工しないといけない際に生成AIを活用したところ、一週間10人稼働を想定していた作業量が、一時間で完了し納期内に収めることができました。大幅な作業時間の削減ができ、生産性が上がり助かっています。
開発者は、出てきたものの正当性を判断できる人が多いと思うので、開発業務で生成AIの活用が広まっていると思います。コンタクトセンター業務では、生成AIが出した回答が適しているか判断がつかない方が多いことが、一番の課題だと感じています。
ー生成AI開発で分かってきたこととして、不得意な領域についてお聞きしたいです。開発する中での苦労点やこういう点が生成AIは苦手だと感じたことはありますか?
ウズン:ハルシネーションによる誤訳の問題のほか、生成AIのアウトプットの評価も難しい点です。生成AIにも波があり、熟練のオペレーターでも出せないような回答を出す一方で、小学生でも出さないような回答を出すこともあります。
町田氏:生成AIが出すアウトプットについてお客さまに評価いただく際に、人によってばらつきが多い印象です。これで良いという方もいれば、全然だめだという方もいます。生成AIが良い回答を出してくれるときとそうでないときがあるのは、質問力の差です。
人間間のコミュニケーションにおいても、質問力は重要なスキルであり、質問に関する背景や前提条件が足りていないと、正しい回答が出来ない場合があると思います。これは生成AIも一緒です。人間の場合は背景や前提条件を理解していることが多かったり、行間を読み足りていない部分を補完する能力がありますので、質問者の質問力が足りない場合でもそれを回答者が補うことができます。
一方で生成AI回答の良し悪しは質問力に対する依存度が非常に高いです。生成AIは行間を読み取る能力や補完能力が人間より低く、与えられた情報に対して生成を行いますので、背景や前提条件を伝えることが出来ないと期待するアウトプットを得る事が出来ないということが多く、質問力の重要性がわかってきました。
ウズン:「MooA」を利用しているお客さまには、どういったタイプの質問をすると生成AIが回答しやすいかお伝えしています。例えば、Google検索のようにキーワードだけを書くのではなく、生成AIは文脈を理解できるので文章で背景情報など含めて質問すると求めている回答を得やすいといったことです。
町田氏:キーワードだけで問い合わせするような方が多いという印象は私も持っています。オペレーターが使うだけでなく、エンドユーザーがチャットボットで生成AIに自然文で問い合わせできるといった取り組みにチャレンジしていますが、「自然文で書いてください」と説明しても、「解約方法」「料金確認」などキーワードのみを入力する方も多いです。文章で書くことを面倒に感じる方も多いのかもしれません。
そういった方たちに対して、入力したキーワードがどういう意図のものなのか自動で補完するようなシステム開発にも取り組んでいかなければと考えています。
生成AIがデータの有効活用を促進、価値を生み出すコンタクトセンターへ。テクマトリックスとモビルスのトップ技術者対談【後編】へ続く