「2024年のコンタクトセンターにおけるCXの在り方とは?」をテーマに、コンタクトセンターをはじめとしたさまざまな顧客接点で培ったノウハウと、最新技術を活用したデジタルソリューションで顧客体験(CX)をデザインする 株式会社NTTマーケティングアクトProCX CXソリューション部 西日本事業統括部長 新谷 宜彦氏と、顧客サポート業務のソリューションの開発・提供を行う モビルス株式会社 代表取締役社長 石井 智宏が対談を行いました。本対談は、2022年につづき2回目の開催となります。
GPTをはじめとした生成AIがコンタクトセンターに与える影響やこれからのコンタクトセンターの在り方、コンタクトセンターが直面する課題や解決策、今後の展望などについて対談した模様を前編・後編に分けてお届けします。
昨年の対談の様子はこちら<2022年対談『CX(顧客接点)を会社経営の中心に置く? 【NTTマーケティングアクトProCX×モビルスが描くこれからのCXとは】 』>
目次
■前編
- 「コロナ禍が落ち着いてきた現状」と「生成AIの盛り上がり」。今のコンタクトセンター業界動向と重要なこと
- 過去最高の「採用難」とノンボイス化の意味とは
- テクノロジー活用と同時に、オペレーションまで変えることが出来るか
- ナレッジへの取り組み
- コンタクトセンターの課題解決のための生成AI活用
- 「人が対応する事」が価値となる未来
- 生成AI導入は、ルールとセットで検討
- ROIを出すために、なにを重要視するか
■後編
- チャットボットの現在地とこれから
- コンタクトセンターで生成AIを使うとき、どの領域に使う?
- データからアクションの先読み。そのために必要なこと
対談メンバー
株式会社NTTマーケティングアクトProCX CXソリューション部 西日本事業統括部長 新谷 宜彦氏
1989年 日本電信電話株式会社入社。入社以来長年にわたり通信システムの営業および開発業務に携わる。営業戦略部門において西日本エリア全域におけるマーケティング戦略策定業務に従事。現在は、NTTマーケティングアクトProCXにおいて、コンタクトセンタービジネス等BPO業務に関する西日本エリアの事業統括責任者として従事。また、デジタルプラットフォーム開発プロジェクト責任者として、全社におけるAI・DX化を推進している。
モビルス株式会社 代表取締役社長 石井 智宏
1998年 早稲田大学卒、2009年 ペンシルベニア大学ウォートンMBA取得。ソニー株式会社にて11年ラテンアメリカ市場におけるセールスマーケティングに従事。MBA取得後、国内投資ファンドにて執行役員。その後ソニー会長率いるクオンタムリープ株式会社のエグゼクティブパートナーとして多数の日本企業の海外進出を実行支援。
2014年モビルスに参画。受託開発中心のビジネスから業態チェンジをし、主力製品「MOBI AGENT」や「MOBI BOT」「MOBI VOICE」などをリリース。企業のコンタクトセンター向けに製品の提供、導入支援を行っている。
■モデレーター
モビルス株式会社 セールスマーケティングDiv. パートナーセールスUnit.
アカウントマネージャー 小林 一樹
「コロナ禍が落ち着いてきた現状」と「生成AIの盛り上がり」。今のコンタクトセンター業界動向と重要なこと
はじめに、各社の近況について教えてください
石井:
ChatGPTなどLLMの登場とその精度の高さに業界がわき立っている雰囲気があり、我々も興奮しています。しかし実用という観点ではまだ冷静にならなければならないと思います。したがって当社としては、ChatGPTなどLLMをひとつのエッセンスとして使っていく方向で取り組んでいます。
コンタクトセンターのDX、デジタル化という観点では、変わらずにノンボイス化と自動化の二点が進むべき方向と考えており、現状では「その効率を上げるためのGPT」という考え方を持っています。
当社では、MOBI AGENT(有人チャット)やMOBI VOICE(ボイスボット)などで、GPTを活用したより高いROIが出る機能の実装を着々と進めています。あとは、NTTマーケティングアクトProCX様とご一緒させていただこうとしているChatGPTの機能を使ったソリューションについて、同時並行で取り組んでいるところです。
新谷氏:
当社では、コロナ禍が落ち着いてきて「本来のCXソリューションという観点で、これからどう事業としてカバーしていくのか」ということを真剣に考えなければならない時期に来ていると考えています。その中で「人材不足」「CXに対するニーズの強まり」この二つの動向は見逃せないと思います。
そこで、今後提案の中でモデルにしなければならないモデルを三つ考えています。
一つ目は、CXトランスフォーメーションというモデルです。
人とデジタルの役割をより明確化し、人は人の仕事を行い、デジタルに任せるべき仕事はデジタルに任せて、トータルでCXを向上させていくというものになります。
二つ目はデジタルカスタマーサクセスモデルで、いわゆるMA(マーケティング オートメーション)を使ったカスタマーサクセスと、実際にクロージングするインバウンドチャネルを融合させて、プロフィットセンターを作っていくというものです。
三つ目はロケーションフリーオペレーションモデル(LF)で、まさに時間や場所にとらわれない、在宅を含めた多様な働き方のことです。
この三つのモデルを、顧客の要望に応じて組み合わせて一つのソリューションにして提案していくことを、基本軸に置いています。
冒頭から話題に出ている生成AIは、恐らくCXトランスフォーメーションとデジタルカスタマーサクセスモデルにおいては様々な場面で使えて、それらのモデルを後押しできる存在だと考えているので、今後はこの三つのモデルに生成AIを加える形の提案が基本になると思います。
石井:
生成AIの出現が起因となり、顧客企業からCXトランスフォーメーションに投資をしようという機運を感じますか?
新谷氏:
感じます。ウェビナーなどのファーストコンタクトのタイミングで参加者が興味のあるソリューションについての説明をする際、その中で「生成AIとGPTは気になりますか?」という話をすると、皆さまからそろって「気になる」という反応が返ってきます。
「気になるが自分たちの業務にどう活用できるのかイメージができていないので、もし可能であれば提案してほしい」と、必ずそういう流れになります。その点で現場を回っている時に興味の度合いの強さを非常に感じます。
石井:
当社も同様です。ただ、まだ「使える状態」にはないと思います。しかし、2013年~2015年頃の第三次AIブームのころ「チャットボットが全て解決する」と思われていた時のようにはしたくないと考えています。
新谷氏:
当時は、「テクノロジー自体は悪いものではなかった」と思うのですが「テクノロジーを運用する側が準備も計画もなく業務に入れ込んでしまったことで、全体が上手くいかなかった」のだと思います。それなのにうまくいかなかった原因をテクノロジーに押し付けていた傾向はありました。
石井:
まさにおっしゃる通りです。特に第三次AIブームの時は、投資のコストも大きかったですね。AIを育てるためには半年から1年はかかり出発点の労力も大きなものでした。そういう意味では今回のGPTは比較的ライトに試すことが出来るため、前回とは違うのかもしれません。
新谷氏:
元々GPTが一般人も試すことのできる形で提供開始されたため社会全体の認知度も高まったので、入り口の様子が前回とは違うかもしれません。
過去最高の「採用難」とノンボイス化の意味とは
小林:
2022年~2023年のコンタクトセンター市場全体を振り返って、お二人はどのようにお考えでしょうか?
石井:
コンタクトセンター市場は2022年を境に状況が一変したという印象を業界関係者はお持ちのようです。
御社でも、やはりオペレータやSVの採用は過去に例を見ないほど難しくなっている印象はありますか?
新谷氏:
はい、たしかに難しくなっていると思います。
石井:
それは以前から変わらない難しさでしょうか。それとも、コロナ禍を経てより難しくなったのでしょうか?
新谷氏:
以前から難しい状況ではありました。ただ、コロナ禍で一時的に他業界からの人材流入がありました。しかし、それはやはり一時的な話で、他業界が再度活性化すれば、もとの業界に戻っていくわけです。そのためすぐに元の雇用難の軌道に戻りました。また、人件費の高騰もあります。
例えば、自治体がコロナ禍で早い立ち上げを優先した結果、「オペレータ人件費が高止まりする形」になりました。つまり、雇用難のトレンドが戻った上に人件費も高くなっているという状況で、今は過去最も採用が難しいのかもしれません。
石井:
例えば、民間企業では旅行業界などはコロナ禍で需要が減ったのかと推測しますが、コロナ禍が落ちついてきた現在は、民間企業の需要は以前の水準に戻ってきているのでしょうか?
新谷氏:
コロナ禍で減った分を元に戻すほど増えているかと言うと、そこまでではないのではないでしょうか。以前に比べるとマイナスかもしれません。
先程の「オペレータの採用難」「人件費高騰」に関連して、「ノンボイス化の話」が「在宅シフトの話」に流されてしまい、最近はまた「ノンボイス化の話」が話題に上がることが増えてきたように感じるのですが、その辺りはどのような印象でしょうか?
石井:
私の仮説も入りますが、民間企業はコロナ禍で在宅勤務が一時的に増えました。ただし、在宅に関してはかなり揺り戻しがあり、残念ながら全面的な普及には繋がらなかったと思います。
一方ノンボイスについてはDXブームの後押しもあり、導入しなければならないという認識が徐々に根付いてきたと思います。以前に比べて100席以上の大規模センターにおいて、一定比率でのノンボイスシフト推進を行うといった大型案件は増えつつあると感じます。
ただ、「ボイスからノンボイスへの流れが急加速している」と言えるまでの実感はまだありません。
新谷氏:
私は「ノンボイス化が改めて話題となっていること」には、二つの傾向があると思っています。
まず一つ目の傾向は、コロナ禍が過ぎてからノンボイス化が再度見直されているという話です。今は需要が戻りつつありますが、業界によってはコロナ過で人員削減したオペレータを、元の体制での人員数ほどに戻しきれていません。このため「全てを戻すことはできないので、今のリソースで対応できないところはノンボイス化しよう」ということに起因しているのではないでしょうか。
二つ目の傾向は、直営(直接雇用)に対する限界を感じ始めている点です。つまり、何かあった時のために、業務委託も考えなければならないという事です。
石井:
なるほど。ノンボイス化には、「自動化」と「有人によるオペレータ対応」という二つの側面があると思います。当社としては「オペレータノンボイス対応」に価値があると考えています。なぜかと言うと、そもそも対応効率の高いオペレーターノンボイスオペレーションの一部でも自動化できれば、非常に効率的な対応ができるからです。プリヒヤリングや本人確認の自動化を組み合わせれば、CPC換算でボイスと比較してそれ以上にコストメリットが出せるのではないでしょうか。
また「オペレータノンボイス対応」は在宅勤務との親和性も高く、採用においても、比較的有利に人員確保を進めやすいのではないかと思います。
先程もお話しした通り、このような動きは増えてきている印象がありますが、伸び方はまだまだ緩やかです。
新谷氏:
「有人対応の効率化」は、絶対に取り組まなければならないことだと思います。当社がセンター側から要望としてお受けする「応対の効率化」の実現のためには、「ナレッジを蓄積して手挙げ対応をなくす、あるいはアフターコールのオペレーションをスムーズにする」ということが答えになると思います。これは間違いないことだと考えていますし、おそらく皆さんも感じていらっしゃることだと思います。
テクノロジー活用と同時に、オペレーションまで変えることが出来るか
石井:
オペレーションと連動させる形でテクノロジーが重ならないと、効果は低いと思います。我々の最大の成功事例となったとあるメーカー企業様では、元々のボイス比率が90%、残りの10%でメールを使っていましたが、8年ほど費やし、ボイス比率を27%まで下げ、ノンボイス比率を73%までも上げられました。これは単にチャットボットや有人チャットを入れたというだけではなく、「全ての改善取り組み」をやり切った結果です。
例えば、導線改善も検討し、お客さまの問い合わせ入り口のチャネルもLINEを含めてしっかりと整備してこられました。有人チャットオペレータに繋がる前の「事前ヒアリング」はチャットボットで行い、回答分岐の中で答えられる内容は答え、その時点で解決できた人はオペレータには繋ぎません。問い合わせメールのうち40%ほどはメール送付の前に自己解決で完了しており、オペレータは答えていません。
このように「全てのオペレーションの改善をやり切る」上で、担当者の意欲を上げ続けることや、オペレーションを変更するリスクをそのセンターがどこまで許容するかを話し合って決めるといったことが、成功への分かれ道だと考えています。
新谷氏:
はい、その通りだと思います。コールリーズンには「自動化できるもの」と「自動化できないもの」があり、全てを自動化しようとした瞬間にそのチャネルは機能しなくなるので、コンタクトリーズン単位で自動化の範囲とチャネルを考えなければなりません。
また、先程石井さんがおっしゃった通り、「お客さまにチャットを使って頂きたい場合は、まずチャットに辿り着いて頂かなければならない」ので、やはり導線設計が重要です。
ただし、これは恐らくコンタクトセンターのみで解決する問題ではありません。ウェブはもちろん、例えばメーカーであれば、レシートやカタログ、取扱説明書の中にチャットページのQRコードを入れておくなど、他チャネルも含めた導線の確立が重要だと思います。
ナレッジへの取り組み
新谷氏:
あとは、KCS、我々で言うナレッジセンターサービスは非常に大切です。
今のセンターの良くない点は、例えば手挙げした時にあるのではないかと思います。手挙げした人に対してSVからの助けが入って通話が完結した後、助けたことについてのナレッジ変換がされず、完結して良かったという話で終わってしまう場合があります。この件が次回の改善に何も生かされないわけです。
手挙げの件は、SVやSSV(サブスーパーバイザー)がその日のうちに全てを把握して、「なぜ手挙げが起きたのか」の理由を考えるべきです。そもそもナレッジがなかったのか、ナレッジを探すことができなかったのか、ナレッジを探す意欲がなかったのか、結果は同じでもそこに至った原因は色々とあるかと思います。その原因を仕分けて、ナレッジを追加したり検索しやすくしたりする処理までをその日のうちに行い、その日のうちに処理をしたことをオペレータ全員に周知し直すことまでが大切なのです。
このようなことは今までは、品質管理担当者やSVが片手間としてやっていることでした。ただ、彼らが忙しくなるとそうした片手間の仕事はどうしても後回しにされてしまいます。その担当はやはり専任担当化しなければならず、これを繰り返せば絶対に効率化できると思います。しかし、自戒の念も込めてお伝えすると、当社も含めて実際にできているところは多くはないのですが。
石井:
今話題にあがったKCSについては、システムで組み上げることができれば改善するのでは、と思います。特にチャットであれば改善しやすいのではないでしょうか。手挙げされたケースをデータ抽出して、どういう回答になったのか、どう回答すればよかったのか、などが分析できると面白そうですね。
新谷氏:
実は、今お話したことは私自身が考えたことではないのです。以前、あるセンターの見学した際に初めて知ったことでした。
「すごい」と思ったのは、実際にそちらのセンターに入って、ナレッジが生成される流れを全て見せてもらった時のことです。先程私がお伝えしたことがスムーズに流れており、とても感心しました。あのようなナレッジ生成・共有ができるセンターと、できないセンターとでは、成果が全く違ってくると思います。ナレッジを完全にセンター運営の根底としているのです。
例えば応対議事録も、ナレッジナンバーを打つと、応対議事録の形となったものが飛ばされてきました。それを少しカスタマイズするだけで議事録に仕上げられるのです。あれは賢いシステムだったと記憶しています。
石井:
なるほど、それは進んだ取り組みをされていますね。御社では、そのようなナレッジの改善取組みは行っていらっしゃいますか?
新谷氏:
はい、始めてはいますが、まだまだ理想には遠いというところです。全てのジョブにそのような意識がない可能性もありますので、自然に上がることはなく組織として意図的にナレッジ改善の意識を作っていく必要があると思っています。
コンタクトセンターの課題解決のための生成AI活用
GPT登場により今起こっている変化、コンタクトセンターに与える影響や現状の限界・今後の活用可能性について教えてください
石井:
生成AIの活用は、まずはオペレータへの回答サジェストから始めるのが良いのではないかと思いますが、生成AIが問い合わせされたお客さまに回答することは、将来的には実現すると考えています
先程のナレッジについて言うと、今までは「AIを育てる」となると、チャットボット用の育て方、つまりQとA(教師データ)をAIに入れていく必要がありました。一方で話題の生成AIは、恐らく「人と同じ育て方」に近づいたと感じています。ドキュメントを揃えて、この製品群についてはこのドキュメントを見るように指示をして、必要があればドキュメントの更新をして、というようにナレッジの管理をしながら答えの範囲を規定すれば、そこから答えを生成するので、QとAを作る必要はなくなります。そのような意味で、人を育てるのと同様の方法論で生成AIをトレーニングできるとなると、KCSの持つ意義はより増すのではないかと思いました。
新谷氏:
私も同感です。当社でも、まずは「社員をいかに効率的にヘルプできるか」という視点で使っていこうという議論をしています。一問一答の対話型で短い文節でAIに聞くと回答が大量に出てきてしまったりしますが、例えば「私は今何年目で、解約手数料はいくらになりますか?」といった複合的な問い合わせは、オペレータがそれぞれの問いを分岐させた上で答えを探さなければ出てきません。
AIを育てれば、このようなことが解決できるようになるのではないかと考えています。AIは正しい育て方をすれば恐ろしく進化するものだと感じており期待しています。
石井:
2、3年以内、あるいは5年かかるかどうかわかりませんが、ほぼ答えの決まっている問い合わせや、ステップが明確な手続きなどは、大部分をAIでカバーできるようになるのではないかと予想しています。1年では厳しいかもしれませんが。
新谷氏:
そうですね。今の我々の新規提案のコンセプトは「オペレータ稼働を安定化させるために、離職をどう止めるか」という点が非常に大きな要素になっています。
入職後に3か月続けば、その後も大体のオペレータの方は就業を続けてくれます。離職する方が多く出てくるのは約3か月以内です。離職の理由として最も多いのは「覚えることが多過ぎる」ということでした。
初期教育全体の研修は2か月に及ぶものもありますが、その時に「覚え切れない」と感じて離職する方が圧倒的に多いのです。また難易度が高いジョブになるほどこの傾向も増えるので、我々も非常に苦労しているところです。離職を止めるために、研修方法を変えること、マニュアルを分かりやすくすること、遠隔の教育を行うことなど色々と取り組んできましたが、今は考え方を変えることにしました。
それは、今までは「2か月で大体の内容が理解できる人を作る」というコンセプトだった考え方を「1か月で探したいものを探すことができる人を作る」に変えることです。
そして、その後の時間経過と共に探さなくても分かるようになってくれれば良いということにしました。もちろん「2か月で大体の内容が理解できる人」が理想ですが、「分からないことがあっても探すことのできる人」と「その仕組み」を作ろうとしています。そして、その仕組み作りのメインになるのが生成AIだと考えています。
このお話を社内外で皆さんにすると響いているようでした。実現できるかどうかは今後の当社内での研鑽によるものも多いと思いますが、お話を聞かれた人としては、ChatGPTに応用力があるイメージを持っているので、確かに質問にあれだけ答えられるのであれば、オペレータもそれを用いて答えを導き出してくれるだろうと、想像しやすいようです。
石井:
我々も実証実験を進めており、今秋にはプロトタイプを出す予定です。やはり大切なのは、いわゆるハルシネーションを起こさないことです。
回答範囲を限定してそこから答えを導き出すようにすることと、生成時の参照元となったドキュメントや、関連性のあるドキュメントも合わせて出すようにすることです。
そうすれば、答えが問い合わせに対して多少誤っていても、参照元のドキュメントが表示できるため、オペレータはそれを確認して修正することが可能です。
生成文を100%信じないことも大切だと考えており、今後はこの「回答範囲を限定する方法」で各社は成果を実現していくのではないかと感じています。
新谷氏:
その点をブラッシュアップしていくと、将来的には外部チャネルでの問い合わせ対応時の解決率を上げる仕組みも作れるということになりますね。
石井:
はい、おっしゃる通りです。そのため、オペレータへの回答サジェストの精度がある一定値を超えた時に、外部チャネル向けの問い合わせ対応業務用にデビューとなると想像しています。
そのことでコンタクトセンター業界は震撼すると思いますが、そうした時に、BPOなど今までオペレーションを行っていた業種がどう変わっていくのかは、きっと皆さんも模索しているところだと思います。この点についてはどう考えていらっしゃいますか?
新谷氏:
はい、ちょうど最近当社に入社してきた人に「100人の仕事を60人でできるようになった場合、残りの40人はどうなるのですか?」と聞かれたことがあり、その時のお話をさせてください。
私は、そのことによって競合他社に対する優位性を確保し、その仕事では100人が60人になるのであれば、そこで出た40人を使って『次の新しい仕事を取りにいく』、そういう形の業務展開をしようと考えています、とお答えしました。
そしてもう一つ、AIにできる仕事にも限度があると考えています。最後は人間がやらなければならない仕事であれば、その人間による仕事の品質を高めて、その60人の単価を100人だった時の単価よりも少し上げるということもやらなければならないと思っています。ただ単純に単価を上げるというよりも、「品質が担保された前提」による単価のアップなので、その対価については提供先の皆さんにご検討頂くという考え方があると思っています。
石井:
はい、私もまさにおっしゃる通りだと思います。「自動化」は比較的に簡単な定型問い合わせから進むものなので、残されるコールリーズンの解決の難易度は確実に上がります。ある運送会社様の例ですが、再配達依頼や集荷依頼の自動化を進めたところ、残りのコールリーズンのAHT(Average Handing Timeの略。コンタクトセンターの1応対にかかる平均処理時間のこと)が倍増しました。
「人が対応する事」が価値となる未来
石井:
コンタクトセンターに寄せられる電話の半分以上は、「答え」が規定されている問い合わせや「決められたステップ」のある手続き関連だと仮定すると、それが全て自動化された時に、残された問い合わせは難易度が非常に高いものばかりになるわけです。そのようなAIではなく人がやらなければならない難しい部分は、人が対応する事が価値となって、最終的には有償化するのではないかと予想しています。
新谷氏:
はい、そのような可能性はたしかにあると思います。特にヘルプデスク系の顧客企業で、それを考えていらっしゃるところは多い印象です。「人がやることを付加価値のあるサービスとして提供しよう」という考え方で、これは他の業界にも伝播していく可能性もあります
石井:
ヘルプデスクと言えば、私が連想するのは航空会社様です。例えば「プラチナ」クラスだと人による対応で、「一般」クラスだとAIの自動対応といったイメージでしょうか。
そうなると、対応するオペレータとしては、今よりも給料や難易度が上がるのかと思いますが、従来までのオペレータとは異なる能力を持つ人が求められるようになるのでしょうか?
新谷氏:
より高いオペレーション能力を持つ人のニーズが出てくるのではないでしょうか。中途半端な能力の人は困るようになると思います。これは社員教育と同じではないかと思います。
そこで出てくるのが、LC(ロケーションレスモデル)といった考え方です。今までのコンタクトセンターは、例えば、ここにコンタクトセンターのビルがあったとすると、ビルの半径何キロ以内に住んで人を母数として、その範囲内で採用をすることが基本でした。ただ、これには限度があると最近思っているのです。
在宅勤務には「個人情報やモラルの問題」が常につきまといます。
例えば、私が大阪で問い合わせ対応を行うとします。この時の対応にはAIを導入していて、簡単な問い合わせは全てAIが行います。この場合、残る問い合わせがクレーム系だったとすると、例えば、ここ那覇で「クレーム系に強いオペレータ」の募集を「大阪の給与相場」で行います。大阪から見れば単金は変わりませんが、那覇から見ると300から400円は違ってくるのです。当社の立場から考えると、単純なオペレーション業務ではなく、この場合は「クレーム系に強い」という条件を付けていて、このようにより高い能力が求められるほど、限られた地域の中で必要な人材を採用して解決することは難しくなっていくと考えます。
そのため、ロケーションレスモデルを組み合わせて、必要な人材を他の地域からコストメリットを伴って採用できると良いのではないかと考えています。
今お伝えした方法だと、給料は上がっても誰かが損をしているわけではありません。那覇で働いている人にとっては、1時間の単金を300から400円上げることも可能になります。
話題を元に戻させて頂くと、やはりコンタクトセンターでも一定レベルの能力を求められる時代は必ず来ます。その時には、必要な人材をセンターのある地域で採用するというオンサイトモデルを、ロケーションレスモデルのように少し変えていかなければ、センター運営は難しくなるかもしれません。そしてそのことと併せて「オペレータの教育」も重要だと考えています。
石井:
問い合せ対応が難しいジョブが残って、それができる人材の母数もそもそも少ないとすると、能力はあって在宅で隙間時間に働ける人の需要などを取り込んでいくことができれば母数は広げられるのではないかと思います。
新谷氏:
はい、その時にはその方が「オペレーションしやすい環境」を整えなければならず、生成AIはそこでも力を発揮するのだろうと思います。
生成AI導入は、ルールとセットで検討
石井:
そういう意味では、当社とNTTマーケティングアクトProCX様が、共同で取り組んでいこうとしている「支援型の生成AI」は可能性があると思います。
ただし、実際に今プロジェクトを共同で提案している中でも、ハードルがいくつかあるかと感じています。商用利用という観点からすると、顧客企業としてはどのような点がハードルになっていると思われますか?
新谷氏:
自社のデータがOpenAI社に見えてしまうことを気にしている人は多いですが、率直に言うとそもそもどのような部分に対して利用のハードルが高いのかを明確に認識できている人は多くはありません。
当然気を付けなければならない大切な観点ではありますが、自社の業務での使い方の中で本当に問題になるのはどの部分なのか、を突き詰めて考えられている人はまだ少ないのではないかと思います。
先程石井さんがおっしゃっていたように、導入に対して前向きに考えているかもしれませんが、多くの人は「問題がある」ということだけを頭に刷り込まれていて、「具体的にどういう場面で問題になるのか」を深くは理解していません。
そのため、生成AIの活用についてはその顧客企業が使う場合の倫理規範、ガイドルールを仮でも良いので作り上げ、「こういうものを設けていれば御社でAIを使いやすくなる」と提案すれば、安心感はしっかりと与えられると思うのです。
我々は顧客企業の方針やガイドラインを全て知っているわけではないので、そこで作ったものをベースに具体化して共に育っていけば良いのではないかという回答があれば、あそこまで言われることもなかったのではないかと話していたと思います。ルールとセットで提案すると良いかもしれません。
石井:
本当に、その通りだと思います。もしくは「あの有名な企業でも導入している」という象徴的な成功事例があればよいのですね。やはり金融やデータセキュリティ系の企業だと個人情報の漏洩や機微情報の流出などのリスクは大きくとらえるのでしょう。ただ、どの情報がどの処理ステップでリスクとして問題になるのかを明確に分かっている人は、確かに少ないのかもしれません。リスクを整理して考える事が重要だと思います。
新谷氏:
ChatGPTに限らず、例えばビジネスチャットのようなツールででも、結局はクラウドに自社データが上がっているのでリスクは同じだと思うのですが。
石井:
たしかにそうですね。100~300席といった大規模なオペレーションに組み込んだ時の課題もあります。データセキュリティ上のリスクも当然クリアしなければならない部分ですが、システムの安定稼働性も大事な要素だと考えています
ChatGPTのAPIを利用することになるのですが、このChatGPTのAPIパフォーマンスが不安定な事があります。直接的なインパクトがあり、場合によっては「混雑している」ということで1分ほどレスポンスが返ってこない時もあります。こうなると、商用利用は難しくなります。そのような意味では、Microsoft側の環境にシフトしていったり、反応が遅れた場合のフェイルセーフ機能でバイパスを立てられるようにしておいたりすることが、この安定稼働性という点ではポイントになってくると思います。
新谷氏:
回線の早さを説明する用語で、「ベストエフォート型」と「ギャランティ型」があります。「ベストエフォート型」はインターネットに接続する時に大体はこの程度の早さで、出ない場合もあるという形です。「ギャランティ型」はその企業の専用線のように、あるレベルまでの帯域は確実に速さを確保するという形です。ただ、全てを「ギャランティ型」にしてしまうと運用コストがかかり過ぎるので、「ベストエフォート型」でありながらも一定レベルまでは速度の担保をしてもらえる、という環境はあるとよいでしょうね。
石井:
はい、私もそう思います。そのため今はまだその機能は付加価値として、つまり「存在することでメリットがある」という形にしておいて、もしその付加価値機能が止まってしまったとしても、通常の状態に戻せるようにしておくことは気を付けておかなければならないと考えています。
新谷氏:
はい、そうですね。おっしゃる通り、その視点は大切かもしれません。
ROIを出すために、なにを重要視するか
石井:
もう一つのハードルは、やはりコストの問題でしょうか。これは顧客企業としっかり話し合って考えなければならないことだと思います。顧客企業のご担当者様は業務利用上で「完璧」を求められることがよくあります。ただ、要約する時に間違っている単語や漢字があったとしてもオペレータによる修正は可能なのです。これをシステムで行おうとすると、修正時にAPIを二回、三回と確認しなければならなくなり、かかるコストが全く変わってしまいます。つまり、完璧を求めると、コストが増えてROIが悪くなる可能性があります。
例えば、対応履歴の要約の自動化のシーンで、「アフターコールワークをこれだけ短縮するとメリットがある」という際、単語一個の間違いであればオペレータが修正すれば良いのです。ただ、こういう「割り切り」が企業様によっては難しい場合もあるわけです。「これはなんのために行われる業務なのか?」「どこまでの精度やスピードが必要なのか」ということを考えねばなりません。
「終話してから何十秒以内にデータを出す必要があるのか」「修正は後で行えるので夜間バッチ処理で良いのか」などによって、サーバーコストが全く変わります。この辺りの、AIをどの業務にどう使っていくのか、そしてどこまでを許容するか、そのためのROIどう算出するのか、などをシビアに決める必要があると考えています
新谷氏:
はい、私も確かにそう思います。待っている間もコストで、それを修正することでシステム側にもお金がかかることもあって、そこは割り切る必要があります。全てを求めないようにしなければと思います。
石井:
きちんとした事例ができてナレッジも溜まっていけば、これだけの性能にはこれだけのコストがかかるといったことも分かるようになるので、経験値も溜めていきたいと考えています。