コンタクトセンターでのナレッジサイクル構築を改めて考える【中編】KCSによる暗黙知を形式知へ変え、コンタクトセンターをさらに進化させるループとは?
~日本のKCSの第一人者・松野淳一氏に問う「KCS」の実現方法~
投稿日:2026年6月23日 | 更新日:2026年6月23日
コールセンターの現場で活用されるナレッジマネジメントの国際標準フレームワーク「KCS(ナレッジセンターサービス)」は、ナレッジ管理の限界と課題を突破する方法として、2015年頃から国内でも普及が進んでいます。最適なナレッジ管理が人材育成や効率化にもつながり、KCSはこれまで多くのセンターに大きく貢献してきました。AI活用がコールセンターで広がりを見せる今、KCSも新たな局面を迎えているのかもしれません。
KCSの考え方や成功させる要点、さらにはAI活用によりKCS運用のコールセンターで起きている進化と、今後の展望とは――。国内のKCS先駆者であり、支援実績の豊富なHDI国際認定インストラクターの松野淳一氏に話を伺いました。前編、中編、後編の3回にわたってお届けします。
【前編】
【中編】
KCSによる暗黙知を形式知へ変え、コンタクトセンターをさらに進化させるループとは?
【後編】6月30日公開
KCS×AIによるコンタクトセンターのさらなる進化の可能性
■インタビュイー
パーソルビジネスプロセスデザイン株式会社
CX事業本部 ワークスデザイン統括部
松野淳一氏
―冒頭(【前編】)からも、顧客体験を引き出すためにスタッフ側の暗黙知を組織に生かしているとおっしゃっていた通り、KCSをうまく成り立たせるためには、お客様のコンテキスト(文脈や背景)を理解するための問い掛け力も必要になると思うのですが、KCSにはその辺りのメソッドなどはあるのでしょうか?
松野氏:
KCSの教科書には、スタッフの暗黙知を押し上げるオペレーショナルな部分までは細かく書かれていません。実際の進め方としては、お客様の用件の引き出しに的中した質問をナレッジに併記していくうちに、スタッフ全員の感性が養われていきやすいのですが、当社も最初は「傾聴する質問を書き出そう」と指示しても、皆「何を書き出せばいいか分からない」という状態でした。なので、最初こそ若干のハードルはあると思います。
実は今、その作業を一部補完するために生成AIを活用しています。スタッフが対応して話した音源をAIで書き出し、通話終了後にコールログの要約とナレッジの要約の2種類を作ってくれる仕組みです。傾聴質問のピックアップと要約の下書きはAIが提供できるようになったので、比較的ハードルは下がってきています。
―貴社ではコールログとナレッジの要約にAIを活用しているのですね。
松野氏:
はい。ただ、あくまで下書きまでですよ。なぜなら、要約からナレッジを入れるところまで全てAIが手掛けてしまうと、KCSの実オペレーションである「解決ループ」が回せないからです。「過去にこれと同じナレッジがあったか」という、既知/未知の判断は人間の力で行っており、下書きの一部を使って既存のコンテンツに追記や修正を加えています。そして、使用後の下書きは都度捨てるようにしています。

出典:https://www.hdi-japan.com/hdi/article/Explanation_kcs.asp
―お客様からの生の言葉で検索して、出てきたナレッジに書いてある傾聴質問を投げかけながら最適な提案へと辿る流れだと思いますが、具体的には現場のスタッフは、どのようにお客様の問題解決をしていくのですか?
松野氏:
最初の一言目の検索では大量の検索結果が出てきますが、「アンド(&)/オア(or)」などで条件が増えてくると、だんだん数が絞り込まれてきます。そして仮に2件まで絞られたら、お客様へ「いいご提案が2つありますが、どちらをご所望でしょうか?」とご案内します。こちらから押し付けるのではなく、お客様に選んでいただくようにしていますね。
スタッフの組織への貢献度を評価。KCSは現場からも好評の、なくてはならない運用方法に
―先ほど、KCSの実オペレーションにあたる「解決ループ」に触れていただきましたが、KCSの「ダブルループプロセス」の流れのうち、もう一方の「発展ループ」について、解説をお願いしたいです。
松野氏:
「発展ループ」はどちらかというと、PDCAや品質管理のようなエッセンスを有しています。最初に重要となるのが“意識合わせ”で、これは単なる情報共有ではなく、マインドそのものの共有を意味します。
例え話をすると、同じ現場で仕事をしている2人の大工に何をしているか聞いたとき、1人は「木を切っている」と言い、1人は「日本一の城を建てている」と言ったとします。それでは同じ目的に向かっているのに、視座が違っている状態ですよね。つまり、「発展ループ」をうまく回すには、組織の目的意識を調整することと、そのためのリーダーシップが大事になってきます。
KCSはチームプレーなので、スタッフの評価も一人一人の個人技ではなく、組織に対して貢献したアクションを評価できるよう、「ナレッジを入れる・使う・直す」の頻度などを値化する、言わば「貢献レポート」のような評価の仕組みを作りましょう。そうやって皆がお互いをたたえ合う環境を醸成し、意識面をケアしていくことが、品質管理につながっていきます。
―リーダーシップと組織への貢献が重要とのことですが、KCS運用における現場の役割分担について教えていただけますか?
松野氏:
コンテンツの作成者から順に、①KCSⅠ(候補者)②KCSⅡ(寄稿者)③KCSⅢ(公開者)④KCSコーチ⑤ナレッジドメインエキスパート(=KDE)――の役割があり、補足すると、KCSⅠ、Ⅱ、Ⅲは主に解決ループを支える役割となります。

出典:https://www.hdi-japan.com/hdi/article/Explanation_kcs.asp
KCSⅠ(候補者)は、基本的にナレッジを使うことだけに限られていますが、お客様からの問い合わせを受けて、既存のナレッジコンテンツから検索できなかった場合に、問い合わせ内容のみを記述したり、修正したほうがいいと考えられるコンテンツにフラグを立てたりすることはできます。
ある程度KCSを習熟したKCSⅡ(寄稿者)になると、コンテンツの作成や修正の権限が与えられ、さらに習熟度を高めたKCSⅢ(公開者)になると、センター外部に公開する権限が与えられます。ちなみに、アウトソーサーの当社では、厳密に言うとKCSⅢは、クライアント企業から外部公開の許諾を得るポジションとなります。
上層部のKDEは、ビジネスドメインや世の中の情勢を鑑みて、方針や戦略を現場のオペレーションに落とし込むストラテジストの位置付けで、当社においてはクライアント企業とのネゴシエーター役を務めています。そしてKCSコーチは、方針や戦略に沿ってオペレーションをチューニングするなど、どちらかというと現場をリードするポジションとなっています。

―複数のレイヤーで役割が与えているのですね。では、スタッフの組織への貢献度合いを評価する方法や、評価するときに注意すべきポイントなどがあれば教えていただきたいです。
松野氏:
定点的にレポートをチェックしていると透けて見えるものですが、「このスタッフは異様に(ナレッジの)新規登録数が多いな」といった場合は気に掛けたほうがいいです。KCSではナレッジを検索して既知/未知を確認した上で、未知の内容を新規登録していかなければならないにもかかわらず、新規登録すれば点数が稼げるからと言って全部登録していることが考えられます。そうすると重複コンテンツが増えてしまい、コンテンツごとの利用回数などコンテンツ運用状況を把握するための統計的にも、大きな崩れが生じてしまいます。
1件のコンテンツが100回使われるような状況が理想でありながら、重複コンテンツが次々と新規登録されているようでは、「解決ループ」さえも正しく理解できていない可能性があるので、留意してレポートを見るといいと思います。
このほか、KCSコーチは「アーティクルクオリティーインデックス(AQI、記事の品質インデックス)」という評価項目に基づいて、ナレッジコンテンツの品質を評価する役目を担っています。サンプリング的にコンテンツをピックアップして中身を確認していくのですが、その中にお客様の生の声ではなく、スタッフが脳内変換をして専門用語にしていそうなものなど、KCSにそぐわないものがあれば、適宜指導しながら品質向上を図りましょう。
「発展ループ」はKCSのオペレーションやテクニックを組織の皆に習得してもらうプロセスとなるのですが、あくまでも「コーチング」であって「ティーチング」ではありません。スタッフを評価・育成する立場のKCSコーチは、「発展ループ」に関わるスタッフのポテンシャルを引き出し、自立を促すためのコーチングだと意識しておくといいと思います。
―「発展ループ」がうまく回っている現場は、どういう状態になっているのでしょうか?
松野氏:
HDIサポートセンター認定(SCC)のつながりで「KCS委員会」という集まりを設けていて、KCSコーチなど能力を高めてきた人たちで「発展ループ」の成功事例や失敗事例を共有し合う活動をしているのですが、「KCSって本当に不思議で、学んで理解して手応えをつかんでくると、スタッフのモチベーションがものすごく上がるよね」と、皆こぞって言うのです。
なんというか、KCSの「企てる」仕事がスタッフの心をくすぐるようで、給料だけのためにオペレーションをしているのではなく、また、頼まれ仕事でもない、そういう意識がいろんな現場で根付いてきているそうです。
KCSの原理原則の一つである「信頼」に立ち返った通りで、お互いをリスペクトしながらモチベーションを高め合うスイッチが入るなと、私も現場で実感しています。
次編【後編】は6月30日公開です。
KCS×AIによるコンタクトセンターのさらなる進化の可能性
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