「カスタマーサービス/サポートこそ、経営やブランディングにおいて最も重要だ」。そう気付いてCX向上を徹底してきた企業が、今の世界を席巻しています。しかし、CX投資への注目が徐々に集まりつつも、変化していくマインドがなかなか醸成できずにいる日本企業は少なくないのではないでしょうか。

CXがなぜ真のブランディングにつながるのか、そして、日本企業はどんな意識を持って何を実践すべきなのか、株式会社ラーニングイット 代表取締役 畑中伸介氏とモビルス株式会社 代表取締役社長 石井智宏が語り合いました。

この記事は、前編、後編にわたってお送りします。今回は前編です。後編はこちら。

【前編】

【後編】

■対談メンバー

株式会社ラーニングイット 代表取締役 畑中 伸介 氏

1982年にベルシステム24の海外事業をNew Yorkで立ち上げた後、1985年にIdea Link Japan(Los Angeles)を設立。1997年まで日欧米間の新規事業支援を行う。1998年、株式会社プロシードにてCOPC 事業を立ち上げ、コンタクトセンターのグローバルスタンダード「COPC基準」の普及に尽力。2011年3月にラーニングイットを設立、2015年よりCCMCと提携し、CXをテーマにマネジメントサービスを提供している。

【主な著書】
・訳書
『顧客体験の教科書』(東洋経済新報社, 2016年)
『デジタル時代のカスタマーサービス戦略』(東洋経済新報社, 2021年)
『グッドマンの法則に見る 苦情をCSに変える戦略的カスタマーサービス』(リックテレコム, 2012年)
・共著
『COPC入門』(日本能率協会マネジメントセンター, 2003)
『コールセンターマネジメント』(生産性出版, 2009)

モビルス株式会社 代表取締役社長 石井 智宏

1998年 早稲田大学卒、2009年 ペンシルバニア大学ウォートンMBA取得。ソニー株式会社にて11年間ラテンアメリカ市場におけるセールスマーケティングに従事。MBA取得後、国内投資ファンドにて執行役員。その後ソニー会長率いるクオンタムリープ株式会社のエグゼクティブパートナーとして多数の日本企業の海外進出を実行支援。2014年モビルスに参画。受託開発中心のビジネスから業態チェンジをし、主力製品「MOBI AGENT」や「MOBI BOT」「MOBI VOICE」などをリリース。企業のコンタクトセンターや自治体向けに製品の提供、導入支援を行っている。

対談動画


ダイレクトマーケティングをきっかけにCXビジネスの世界へ

畑中氏:
ラーニングイットは2011年3月に設立した会社で、米国のCCMC(Customer Care Measurement & Consulting、前身はTARP)と提携し、これまで一貫してカスタマーサービスやCXの領域に取り組んできました。本日は、CXにおけるサービス/サポートの重要性やCX投資が企業収益に与えることなどのお話をさせていただきます。

石井:
私は数年前に、ジョン・グッドマンさんの著書『顧客体験の教科書』(東洋経済新報社)でCX3.0®︎や顧客損失モデルなどについて読み、「これはすごいな」と感銘を受けました。その本をきっかけに翻訳を手掛けられた畑中さんを知り、ずっとお会いしたいと思っていたので、本日は対談の機会をいただき、本当にありがとうございます。

畑中さんがベルシステム24の海外事業やプロシードでのCOPC※ 事業の立ち上げなどに尽力されてきた畑中さんですが、CXを自身の事業にしようと思われた経緯をお聞かせいただけますか?

畑中氏:
もともとはダイレクトマーケティングに興味があり、大学卒業後にベルシステム24がまだ会社になる前の事業部に入ったんです。当時のベルシステム24は、コールセンターやサポートではなく、テレマーケティングを行っていました。マスマーケティングは華々しさがあるものの、定量的な測定はまだまだ弱く、一方のダイレクトマーケティングは、レスポンスやコンバージョンなど全てを定量化していくため、ビジネスとして面白そうだと思ったことが業界に入るきっかけでした。

その後、Windows95の登場が業界の大きな契機となるのですが、パソコンが文房具のようになってくると、サポートの必要性が増していき、90年代中盤からサービス/サポートのビジネスが拡大していったわけです。長年この仕事に従事していると、「サポートの成果はどのように示すのだろう?」という興味も深まるばかりで、いろんな人とKPIについて絶えず話を繰り広げてきました。


顧客の「人の印象に残る」真のコミュニケーションとは何かを問う

畑中氏:
成果には見えるものと見えないものがあって、例えば処理件数や処理時間などの生産性は見えやすいもの。片や、満足度などは見えるようで見えにくく、一番見えないのが「経営にどれだけ貢献できているか」です。グッドマンさんの著書を読んでいると、彼はその分野を昔からずっと追究しているとわかり、また、見えない成果を見えるようにできるとも言っているので、私はそれを実践しようと考えました。最初はCXというより、成果を見えるようにしたい意思で動いたのですが、おそらくそれも20年くらいはかかると思いましたね。

石井:
20年ですか。そういった考え方がなかなか浸透していない中で、自身の事業にして20年続けていく覚悟は相当なものだったと思います。

当社は、企業のブランドを作っていく上で、広告宣伝よりもCXにしっかり取り組んでいく方が、費用対効果も高いという考えのもと、このたび新たに「CX-Branding Tech.」をミッションに掲げました。売り上げの数%を広告宣伝に投資しても、正直なところ、何が効果になっているのか把握しきれていない企業も多いような気がしています。

畑中氏:
広告宣伝は基本的にコミュニケーションのビジネスであって、それが言葉やイメージであったりします。そのインパクトが強烈であれば人の印象に残り、ブランディングになっていくということですが、どうしても表面的な部分が多くなってしまいます。

一方のCXですが、例えば困っているときに誰かに助けてもらうと、ちゃんと覚えていますよね。その経験は非常に需要で、「また助けてくれるんじゃないか?」と期待もするわけです。サービス/サポートは人が困っているシーンで助けることが基本なので、これほど人の印象に残る体験はないと言えます。

実は、購買体験にも密接につながっていることは分かっているのですが、先ほどの「見えない成果」と同様、実証することが難しいです。ただ、経営者たちは気付いていて、だからこそ、Amazon創業者のジェフ・ベゾスは「地球上で最もお客様を大切にする企業」と言って、CXに力を入れ続けてきたのです。会社の利益が出ないうちはペテン師扱いをされていましたが、「顧客数は増えているから心配するな」と彼は言い続け、2000年以降は一気に今の状態にまで成長しています。

広告宣伝とCXの比較は大きなテーマだと思いますが、「人の印象に残る」という意味では、サービス/サポートほど素晴らしいきっかけはないということですよね。

S・トルエット・キャシーが創業したファストフードチェーンのチックフィレイも、その一つに挙げられます。メイン商品はハンバーガーやサンドイッチで、年間の店舗平均売上高はマクドナルドの2倍近くにのぼります。ここ数年も大きく成長を続けており、2年前の米国の人気ブランドランキングトップ10にも入りました。同じようにハンバーガーを販売するチェーン店の中でも、チックフィレイはまさにサービス面で大きな違いがあります。例えば、店内にお客様をサポートするスタッフを配置して、困っている人を率先して手助けするなど、他にはないサービス力の高さで高い評価を得ながら、業績も伸ばし続けているのです。

モビルス社員:
チックフィレイはコロナ禍でも新しい商品を求めてテイクアウトで長い列を作るほどのブームになり、ブランディングに成功している企業として記憶に新しく、私も大変興味深い企業だと思います。

畑中氏:
同社はプロモーションが上手く、広告に頼らないプロモーションをしています。一般的なファストフードチェーンでは、例えば、顧客が重い荷物を持っていて困っていても店員はサポートしませんしサポートする店員も設けませんが、チックフィレイは店内に必ず1人サポートする店員がいます。店員は必ず一瞬でも目を合わせることによって、顧客が困っているかを一瞬でわかるのでサポート要員が対応できるようになっています。

困っているときに助けてもらうと、「こちらの企業やサービスのほうがいい」となり、そのクチコミが実は、同社のプロモーションをするときに行列ができることにつながっているんです。非常にヒューマンなコネクションを作っている、このあたりは深く研究する価値があると思います。


サービス/サポートを会社全体で取り組むべき課題としてCX先進企業の経営者は認識している

石井:
グッドマンさんの理論は70年代から提唱されていて、その頃から比べると、ネットのクチコミやECサイトの評価など、ユーザーの持つ発信力や拡散力は大きく増したと思うのですが、その点はグッドマンさんの理論にどうインパクトを与えていますか?

畑中氏:
おっしゃる通り、クチコミをするという行為自体は変わっていませんが、昔は人から人に話すことがメインだったのが、今のデジタルでの拡散は圧倒的に強力です。人から人にどのくらい拡散しているのかを調査する方法は確立されていますが、やはりデジタルでの拡散の研究もより必要になってくるでしょうし、人から人へのクチコミと、デジタルによるクチコミを総合して分析していく必要はあると思います。

先日、経済学の先生と話をしていたときに、最近は学生が書くマーケティングの論文も、クチコミに関する内容がとても多いと言っていました。SNSも含め、クチコミのインパクトはますます強くなっているようです。

トラブルや不満があった際、企業に苦情や問い合わせを申し出てくる人よりも、申し出てこない人の方が多く、なおかつクチコミやネットを使ってネガティブな発信をするケースも往々にしてあります。本当の意味でのカスタマーマーケティングを考えると、申し出てくる人と申し出てこない人の両方を、より一層見ていかなければいけないのだろうと思っています。

石井:
デジタルではユーザーがどう感じたのかがそのまま拡散されていくので、影響は大きくなりますよね。

畑中氏:
化粧品ブランド大手のロレアルでは、コンタクトセンターに入ってくるVOCを見ているだけではいけないと捉え、SNS上の書き込みを全てチェックするモニタリングを始めています。お客様はコンタクトセンターに来る前にSNSで発信してしまうので、SNSをチェックしながら適宜リプライもしているそうです。こうした取り組みは、大手ブランドが次々と開始しているので、コントロールするような技術もそのうち出てくるのではないかと思っています。

石井:
そうやって顧客との関係構築に先進的な取り組みをする企業は国内外で見られますが、実施している企業に共通する特性などはありますか?

畑中氏:
2つあると思っています。まず一つは、スティーブ・ジョブズが「(特定の部門に限らず)会社全体としてカスタマーサービスを良くしたい」と宣言した話に代表されます。Apple Storeを開店し、有償サービスを始め、コミュニティーサイトを開設し、FAQを作り――と、会社全体で取り組んだわけです。経営者が「サービス/サポートは部門の仕事だ」と考えず、「会社全体の仕事だ」と認識していることがCXで先進的な企業に共通していますし、非常に重要な意識だと思います。

もう一つは、どうしても組織は縦割りになってしまうので、縦同士をつなげていく作業をしていることも挙げられます。米国などでは、BI(ビジネスインテリジェンス)やカスタマーインサイトを、品質改善の部門と一緒にしている企業もあるほどですが、日本はBIやカスタマーインサイトすらまだない企業も多いです。カスタマーサービスとVOC分析の部門が一緒になって経営レポートを作り、成功している事例は出てきているので、まだ着手していない企業は真っ先に手掛けるべきですね。

石井:
そうなると、やはりトップマネジメントの意識と、実践する組織の形が重要になってくると思います。この考え方を企業に提案してプロジェクトとして推進する際に、どう組織を動かすのか、まずそこからが大変そうな印象を持ちました。

畑中氏:
ここがある意味、日本のビジネスが停滞している一因でもあって、日本の企業は新しい変化を創り出していくことがあまり得意ではないなと感じています。長年、国内外を行き来しながら日本を見ていると、島国なので政治の外交も弱く、そのため変化への対応力も低いように思えます。しかしながら、島国は外に出づらい分、災害時などは我慢強く戦える強みがあり、その中で製造業は粘り強く切磋琢磨しながら勝ってきました。

ところが、サービスというのは、さまざまな人物のお客様にしっかりと対応していく仕事であるため、実はとても政治的で、お客様ごとにサービスレベルの松竹梅を決めるような取り組みにも果敢に挑戦していかなければいけません。変化を苦手としていても、やはり実践できるかどうかが一番の肝になるでしょうね。

※ COPC:アメリカのCOPC社が認証しているコンタクトセンターにおける運営マネジメントの規格です。

CXブランディングを企業が追求する未来はすぐそこに。CX支援の先駆者、ラーニングイット・畑中伸介氏の解説と、モビルスとのトップ対談から学ぶ【後編】へ続く