「カスタマーエンゲージメントを、どう実現するのか」――。各社が追求するこのテーマに、生成AIの到来が新たな影響を及ぼしつつあるのかもしれません。
CX・CEの取り組みが世界最先端の米国に本社を置き、“カスタマーエンゲージメントカンパニー”として世界各地で企業と顧客の関係性構築を支援しているVerint Systems Inc。その日本法人のベリントシステムズジャパン株式会社(以下、ベリント) エヴァンジェリスト/プリセールス/ソリューションコンサルタント 森脇 健氏と、顧客サポート業務のソリューションを開発・提供するモビルス株式会社 代表取締役社長 石井 智宏が対談し、生成AIの活用事例やCX・CEの重要性、国内企業が今こそ真剣に向き合うべき課題などについてお話いただきました。前編、後編の2回にわたってお届けします。
【前編】
・生成AIの活用は、2024年から本格的な変革期になる
・カスタマーエンゲージメントの実現には、まず従業員の体験・満足の向上から
【後編】
・従業員エンゲージメントを感じる従業員が、AI活用を左右する
・働き方改革と勤務体系の多様化。WFM(ワークフォースマネジメント)を日本でどう浸透させる?
・CX・CEへの投資は、間違いなく経営トップの最優先課題だ
■対談メンバー
ベリントシステムズジャパン株式会社 エヴァンジェリスト/プリセールス/ソリューションコンサルタント 森脇 健
1993年からIVRソリューションの企画・営業・開発・運用 担当後、2000年からトランスコスモス社で 米国Nuance音声認識の営業/技術 担当。
2003年にアドバンスト・メディア社(AmiVoice)入社後、国内初の通話音声認識 と リアルタイムキーワード認識~FAQポップアップソリューションを発表。
その後、テキストマイニング企業と国内初の音声認識~要約ソリューションを発表し、2017年にはAI音声対話バーチャルアシスタント ソリューションをメガバンク等でリリース。2018年にAIベンチャーに移り、画像AI等やGoogle音声認識を用いて音声ボットを発表。
2020年5月~コロナ禍中にベリントシステムズジャパンに入社し主にエヴァンジェリストとして海外のコンタクトセンター事情を啓蒙活動中。
モビルス株式会社 代表取締役社長 石井 智宏
1998年 早稲田大学卒、2009年 ペンシルバニア大学ウォートンMBA取得。ソニー株式会社にて11年間ラテンアメリカ市場におけるセールスマーケティングに従事。MBA取得後、国内投資ファンドにて執行役員。その後ソニー会長率いるクオンタムリープ株式会社のエグゼクティブパートナーとして多数の日本企業の海外進出を実行支援。2014年モビルスに参画。受託開発中心のビジネスから業態チェンジをし、主力製品「MOBI AGENT」や「MOBI BOT」「MOBI VOICE」などをリリース。企業のコンタクトセンターや自治体向けに製品の提供、導入支援を行っている。
生成AIの活用は、2024年から本格的な変革期になる
―最初に、森脇様からベリントさんの直近のお取り組みや、2023年の振り返りをお聞かせください。
森脇氏:
ベリントは世界各地でサービスを展開しているのですが、ここ最近の世界の動向を見ると、CXへの取り組みが先行的な企業を中心に、テレフォニーサービスもオンプレミスからクラウドへの移行が活発化しています。その中で当社は、2023年に「Open CCaaS(オープン シーキャス)」を大々的に打ち出し、その方向へと大きく舵を切りました。
「Open CCaaS」とは、カスタマーエクスペリエンス(CE)につながるソリューションを個々に提供するのではなく、テレフォニーやデジタルなど、あらゆる顧客接点と情報を包括した一つの大きなサービスとして提供する形を指します。
―「Open CCaaS」を打ち出す前のベリントさんは、どういったサービスが中心だったのでしょうか?
森脇氏:
もともとの当社の強みは録音装置で、金融系に必要な堅牢な録音装置では、業界でも特に定評があります。ですが、今は録音装置の技術面だけでなく、その上にのせるエンゲージメントソリューションがあってこそ、より高い価値が見出せる時代です。なので、当社もそこに軸足を置くようになりました。
今では、音声だけでなく、ウェブや店舗のエンゲージメントにも貢献できるサービスとしており、お客様と企業の接点を全て網羅して情報を取得・分析し、業務加速できる支援を提供するようになっています。
―店舗のエンゲージメントについては、どこまで踏み込んだ支援をされていますか?
森脇氏:
例えば、コールセンターのワークフォースマネジメント(WFM)だと、「この日はこれぐらいコールが来そうだ」と予測して、それに対して必要なスキルを持ったオペレーターを最適に配備する――といったことを行いますが、店舗もそれと同じようなことを実施しています。「こういう相談のお客様が、この店舗に何名、来店予約をしている」などの情報を収集・可視化し、どの店舗にどういう資格を持った従業員を何時から何時まで配置するかを決めて、徹底的に無駄をなくしています。また、その結果も分析して、良かった点や改善点も見えるようにしています。
石井:
「Open CCaaS」は、顧客接点を全て網羅できる大きな仕組みなのですね。
森脇氏:
はい。「Open CCaaS」は、CCaaSのプラットフォームの中に全てのデータが集まってきて、そこでデータが一貫して見えながら分析できるというクラウドサービスです。人材不足が世界的な課題となっているからこそ、「Open CCaaS」の仕組みが重要になっているんです。そこに力を入れるよう再構築したのが、2023年の当社にとって一番大きな出来事でしたね。ベリントはもはや、完全にオンプレミスからクラウドに集中するようになったほどの勢いです。
石井:
貴社がもともと強みとしていた録音装置が、特に金融系に利用されていたとなると、これまでの通話録音はオンプレミスが中心だったでしょうから、クラウドサービスを推進するのも大変そうですね。
森脇氏:
そうなんです。デジタル庁などがクラウドを利用するようになっても、まだクラウドに踏み出せない企業が多いと言いますか、やはり先陣を切ってやりたくはない風潮は強いと思います。金融庁やメガバンクなど、どこか1社でも踏み出すと他も追随するようになるのでしょうが。そこの流れをどう変えていくのかが、今後数年の取り組みになってくると思っています。
―石井さんからも、2023年の振り返りをお聞かせいただけますか?
石井:
2023年は何と言っても、生成AIの到来が大きかったです。数年続いたコロナ禍が落ち着き、国や自治体で高かったオペレーター需要が民間に戻っていっても、オペレーター人材は全然戻らず、各社の危機感は強かったと思います。そんな状況下で到来した生成AIは、来るべくして来たようにも感じますし、今まで通りのやり方ではいけないと考え始めた企業も多く見られました。
ただ、現時点では「生成AIで何でもできるんじゃないの!?」と、生成AIイリュージョンにかかってしまっている企業も多く、地に足のついた形で有効活用しているケースはまだ少ないのが実状です。人々の生成AIに対する期待値がだいぶ先走っている状態ではありますが、BPO各社なども「自分たちもこのままではいけない」という意識が確実に芽生えた、そんな1年だったと思います。
森脇氏:
生成AIによるBPO各社の意識の変化は、何が影響していますか?
石井:
将来的には、今ほど人が必要なくなる可能性が増したことですね。クライアント企業に人材を送って成り立っている今の事業が、数年先には消えてしまうことを各社とも真剣に捉えており、テクノロジーを活用していくよう方針転換する動きも目立っています。これまでにもBPOがテクノロジーの活用を公言することはありましたが、やはりどうしても人を派遣する事業が主軸となったままでした。しかし、今回ばかりはこのままでは無理だと経営層が気付き、いよいよ変革期に入ったと感じています。
2023年はコールセンター関連のカンファレンスも生成AI一色といった具合だったので、いよいよ本格的に使われるようになり、いずれは対ユーザー向けの自動回答も生成AIによってなされるようになるだろうと。2024年は、その本格的な変革期になるのではないかと予感しました。BPO各社も変わっていくでしょうし、私たちのようなソリューションを提供する企業も激しい競争に晒されつつ、市場は大きく拡大する躍動の数年が訪れるだろうと思っています。
森脇氏:
それともう一つ、2025年問題が叫ばれているように、今後は人材が足りなくなることも背景となって、AIの活用は広がっていくだろうと感じますね。これから数年の間に定年退職を迎える人がたくさん控えており、その人たちが手掛けている仕事に手が回らなくなると、サービスレベルが保てなくなってしまいます。そういった事態を回避するためには、無駄をなくして効率化を図る必要がありますが、それにはまず、誰が何に対してどう稼働しているのかを可視化しなければなりません。
当社にはBPOの業務を可視化・最適化するアプリケーションがあるのですが、最近はその問い合わせや相談がとても多く寄せられています。
カスタマーエンゲージメントの実現には、まず従業員の体験・満足の向上から
―業務を改善・効率化する上ではまず、“可視化”が重要ということですね。
森脇氏:
当社のソリューションの考え方は全て、“可視化”に尽きると言っても過言ではありません。
今の業務を可視化して記録する⇒それをAIで分析できるようにする⇒分析・洞察結果を業務視点でも見えるようにする⇒上手くいっているところとそうでないところを見つけ出す⇒上手くいっているところはさらに伸ばし、そうでないところは改善していく――と、アクションを促しているように、まずもって可視化がベースとなっています。
このアクションと並行して、AIを活用した自動化の促進なども施して、従業員が喜んで働ける環境や業務に最適化していくというのが、私たちのビジネスです。実は、ものすごくロジカルなんですよ。
石井:
ベリントさんとしては、テクノロジーの提供からアクションの推進までを一貫して支援されているのでしょうか?
森脇氏:
グローバルではコンサルタントを多く抱えていて、テクノロジーの提供からコンサルティングまでをベリントで全て手掛けています。日本はまだコンサルタントが少ないのですが、近くコンサルティング会社の方々と協業して、クライアント企業への支援を深めていこうと動き始めています。
石井:
それは良いですね。貴社が「Open CCaaS」を打ち出されているように、こうしたアクションは顧客接点の改革に直結するはずなのですが、日本はまだトップマネージメントの課題として捉えられている企業がとても少なく、自社でしっかりアクションまでできる企業は相当限られると思いますから。
ちなみに、こういった話は企業のどういったレイヤーの方々に響く傾向にありますか?
森脇氏:
ほとんどの人は納得していただけますし、事業部長クラスの方々も「確かにそうです」とおっしゃってくださりますが、それを経営層に理解してもらうのが難しいという話になりがちです。
石井:
経営層に理解していただいて、全社プロジェクトにできるかどうかが肝なんですね。
森脇氏:
はい、そのための材料が必要なんですよ。やはり事例が一番響くので、いろんな企業の事例を集めてご提供しているほか、2025年問題などさまざまな日本の課題と絡めて説明を重ねてきたのが、この数年の取り組みでしたね。
石井:
CX改革について、森脇さんは各社にどのような言葉で説明していますか?
森脇氏:
「カスタマーエンゲージメント」と言っても、日本ではまだまだ抽象的に捉えられがちなので、私は次のようなロジックで説明しています。
顧客に自社を好きなファンになってもらうことが目標ならば、到達のためにはまず、従業員エクスペリエンス(EX)から始めなければいけない。「この会社で仕事ができて楽しい」という従業員の体験が増えていくと、だんだんと従業員満足(ES)が膨らんできて、ESが蓄えられていくとようやく従業員エンゲージメント(EE)になる。そして、EEの気持ちを持って従業員が顧客に接すると、顧客に良い体験(CX)が提供できる。良いCXが顧客満足(CS)を醸成した先で、やっとカスタマーエンゲージメント(CE)にたどり着ける――と。
当社はEXからCS(赤枠の部分)に対して、さまざまなITを駆使してソリューションを提供しており、例えば、音声なら録音、ウェブならNPSを活用するなどして、各タッチポイントで記録・可視化・分析を行っています。どこかのポイントにアプリケーションを単体で提供するのではなく、線でソリューションを提供している形です。
石井:
そうなんですね。当社も単なるサポートではなく、顧客接点全体を取り扱えることを広く認識していただけるよう取り組んでいるのですが、その一環として、「CX改革」を日本でどう説明して浸透させるか、言葉選びを今まさに考えているところです。そうでなければ、森脇さんのおっしゃる通り、経営層に響くテーマにならないままになってしまいますから。
今、海外では「Proactive CX」や「Predictive CX」などの新しいCXも取りざたされているように、「テクノロジーを使って、お客様より先回りしたCXにしましょう!」と訴求したいのです。CXは広告宣伝よりも投資対効果の高い、トップマネジメントレベルの主要命題だということを広めていきたいと思っています。
森脇氏:
当社のウェブサイトに「ROI Center※1」というコンテンツがあるのですが、そこに「こういう課題があった企業に、こういうソリューションを実施したら、こういう結果や利益が出た」といった事例をたくさん掲載しています。これらの事例から、どんな業種でどんな効果を求めるなら、どういったアプリケーションやソリューションが必要なのか、イメージしやすくなると思います。
日本では、アプリケーションやソリューションを入れてから、それらをどう使うか考えるケースがよく見られますが、求める効果からソリューションを選ぶヒントにしていただけると嬉しいです。
(※1https://www.verint.com/ja/roi-center/)
後編に続く。