「カスタマーエンゲージメントを、どう実現するのか」――。各社が追求するこのテーマに、生成AIの到来が新たな影響を及ぼしつつあるのかもしれません。
CX・CEの取り組みが世界最先端の米国に本社を置き、“カスタマーエンゲージメントカンパニー”として世界各地で企業と顧客の関係性構築を支援しているVerint Systems Inc。その日本法人のベリントシステムズジャパン株式会社(以下、ベリント) エヴァンジェリスト/プリセールス/ソリューションコンサルタント 森脇 健氏と、顧客サポート業務のソリューションを開発・提供するモビルス株式会社 代表取締役社長 石井 智宏が対談し、生成AIの活用事例やCX・CEの重要性、国内企業が今こそ真剣に向き合うべき課題などについてお話いただきました。今回は後編をお届けいたします。
【前編】
・生成AIの活用は、2024年から本格的な変革期になる
・カスタマーエンゲージメントの実現には、まず従業員の体験・満足の向上から
【後編】
・従業員エンゲージメントを感じる従業員が、AI活用を左右する
・働き方改革と勤務体系の多様化。WFM(ワークフォースマネジメント)を日本でどう浸透させる?
・CX・CEへの投資は、間違いなく経営トップの最優先課題だ
従業員エンゲージメントを感じる従業員が、AI活用を左右する
―ベリントさんは、生成AIの登場をどう受け止めていらっしゃいますか?
森脇氏:
生成AIは、機能拡張や性能向上への貢献が第一にできることだと思うので、まずはこれまで人の行ってきた作業の高度化・効率化・省力化から始まり、その向こうで新しい何かが生まれるだろうと考えています。予測の精度を高めたり、要約のような新技術が出てきたりするところから始まり、今までできなかったことができるようになっていくのでしょう。
ただ、それをどう使うのかという発想は、従業員の人間力が左右すると思うので、実のところ、最も重要なのは“従業員エンゲージメントを感じている従業員”と、それを支える企業文化なのかもしれません。生成AIを通じた高度化・効率化・省力化の実現も、「こんなことができればいいな」と思いを巡らせられるEEが大事ではないかと考えています。
それと、冒頭の話と通じることですが、提供方法がクラウドだと、例えば「(コンタクトセンターの)応対のテキストをクラウド上で処理するのは不安だ」といった声が今のところは少なくありません。生成AIの活用の妨げにならないか、若干の懸念がありますが、石井さんはどう思いますか?
石井:
メリットの方があまりにも大きいので、時間の問題ではないかと思っています。金融業界ですら、GPTの利用もAzure OpenAI Serviceであれば許容するようになっているので、ハードルは下がってきていますよね。音声認識に関しても、「音声データに個人情報が入っているからクラウドは良くない」という認識から、「プライベートクラウドなら構わない」となっているように、何らかの対策をすれば、一昔前の「クラウド=絶対に無理」の一辺倒状態ではなくなっている気がしています。いろんな業界や企業で、「この波に乗らないと!」という意識はかなり持たれているのではないかと。
なので、当社は「音声認識はプライベートクラウドで処理しましょう」とか、「テキスト化した情報の中に個人情報が入っていれば、ちゃんと検知して抜き取りましょう」など、セキュリティの面をあえてしっかり提示していこうと考えています。そうすれば、金融系をはじめ、さまざまな企業にきちんと響くのではないかと思うのです。
森脇氏:
確かにそうですね。当社も”個人情報削除ボット”というAI機能を用いた機能を用意しています。
海外には日本以上に個人情報の取り扱いに厳しい地域が多いので、そういう安全面をアピールポイントにしてクラウドに全てアップしたいという思いがあるようです。日本では通話やビデオ会議でクラウドサービスを利用していても、そのデータはオンプレミスかデータセンターのサーバーで保存したい意向が強く、まだしばらくはオンプレミスからガラッと変わらないでしょうが、来たる将来に備えておかなければいけないとは思いますね。
―今、ベリントさんでは、AIをどのように活用されていますか?
森脇氏:
当社のAIの取り組みで面白いのは、生成型やディープラーニング型も含めて、独自モデルの小型AIを複数持っていることです。これはどういうことかと言うと、例えばAzureなどはAGI(汎用人工知能)と言えるほどの大規模なAIを使っており、そこに皆がアクセスする形となっていますが、企業としては「業務ではもっとAIを使いたいけど、ガバナンスやコンプライアンス上、むやみやたらにアクセスするのはどうか…」といった懸念の声も聞かれています。
なので、当社では「Verint Specialized Bots※2(通称:ボット)」という各分野に特化したコンパクトなAIを用意して、それらをアプリケーションに役立てていこうという方針をとっています。
(※2 https://www.verint.com/ja/verint-specialized-bots/)
―各分野に特化した個別のボットを複数用意されている意図は、範囲を限定して精度をより高めるためでしょうか?
森脇氏:
そうです。要は、アプリケーションがあって、そこに必要なボットを機能として提供しているということなので、必要な機能だけを高精度化するのが最善なのです。
石井:
どういうデータをもとにしたAIボットになっているのですか?
森脇氏:
ベリントでは“より良いデータがより良い AI を生み出す”という考え方のもと、「Verint Engagement Data Hub※3」に全てのエンゲージメントデータを統合しています。エンゲージメントデータとは、チャネル間のインタラクションデータや、顧客と従業員の両方からの体験データ、従業員のパフォーマンスデータ等で、こうしたデータがベースとなって特化型AIボットが構成されています。
(※3 https://www.verint.com/ja/engagement-data/)
石井:
そうなんですね。貴社は特に分析を得意とされていますが、ボットはどんな分析や作業をしてくれるのか、具体例を教えていただけますか?
森脇氏:
例えば、「昨日のAHT(コンタクトセンターの平均処理時間)が長い要因は何?」と聞くと、AIがレポートを作成し、それを配布するまでを全て自動で行ってくれます。ほかにも、音声分析であれば一番問い合わせの多かった項目や、その項目と現象のマッチングなど、さまざまな分析が可能で、何か命令を出したら、その内容を考えながら必要なパラメータを使ってレポートを作成・表示する仕組みとなっています。
また、海外では、ボットによって顧客からの問い合わせにセルフサービスで対応し、入電・質問を回避するなど、すでにいろんなところでボットが使われているようです。
あとは、先ほどエンゲージメントデータの種類に従業員のパフォーマンスデータを挙げたように、「オペレーターAさんの昨日のパフォーマンスを出して」と聞くと、Aさんとほかのオペレーターとの比較などもデータで見られるようになっています。
石井:
それはすごいですね。KPIの策定や達成に直結する分析データが見られたり、過去の通話録音から改善点を見出せたりといったことが、ベリントさんのソリューションを通じて可能になるのだろうと思いました。
森脇氏:
ありがとうございます。日本は各メーカーがそれぞれにサービスを作って「点在」している傾向にありますが、海外発の当社の場合、先ほど「線のソリューション」と申し上げた通り、総合力が強みになっていると思っています。
働き方改革と勤務体系の多様化。WFM(ワークフォースマネジメント)を日本でどう浸透させる?
森脇氏:
モビルスさんでは、生成AIをどう活用していますか?
石井:
当社は、コンタクトセンターのアフターコールワークの要約や、サジェストの回答サポートなど、オペレーターやSV向けの支援に生成AIを活用しています。具体的には、ノンボイスの回答文の生成や参照ドキュメントのサジェストをしたり、メールやチャットの回答を箇条書きすればちゃんとした回答文に生成したりと、今はこうした効率化の面をメインで手掛けていますね。これらを積み上げていけば、最終的には対ユーザー向けの自動回答の実現に辿り着くだろうという考えです。
将来的な構想も含めて、生成AIは特定の“処理をする”という観点で活用しているので、貴社の“分析する”の活用は、すごく意外でした。
森脇氏:
“分析”に深くかかわり合う“予測”で力を発揮していると言えます。「過去がこうだったから、こうなるだろう」とか、「こんなイベントがあるから、こうなりそうだ」といった予測のほか、海外ではWFMで人がどれくらい必要になるかといった予測も出しています。「今、こういう運用をしているから、来期はこれだけ伸長するかもしれない。そのためには、こういうスキルを持った人が何人必要だから、これくらいのハイアリングをかけてください」と分かる、ハイアリング・アナリティクスもあるんです。
さらには、そこで面接に来た人にインテリジェント・インタビューというAI面接で一次審査を実施し、オンボーディングまでWFM内で行えるという、そんな段階まで進んでいます。AI面接では、声や受け答えから、長く勤めそうな人かどうかを導き出すノウハウもあるそうなんです。映画の世界みたいですよね。
日本ではまだ、面接でのAI活用はスケジューリングまでが多いと思いますが、高度な活用方法がいつ出てきてもおかしくないですし、日本で展開できそうなヒントはたくさんあります。海外のAI活用範囲を見ると、使える場面はたくさんあると実感しますね。
石井:
そうなんですね。本日はせっかくベリントの森脇さんにお越しいただいたので、ぜひWFMについてもお聞きしたいのですが、WFMが日本でなかなか浸透しないのはなぜだと思いますか?
森脇氏:
まずは、「ワークフォースマネジメント」という言葉を知らないから。あとは、Excelで何とかなっていると思っていて、「お金をかけなくても頑張ればいい」という意識が強いからですね。また、WFMを知った人からは「日本の労働環境に適合できないのでは?」「ROIが不明」といった声が聞かれています。
ただ、今は働き方改革が進められているように、女性の活躍推進だけでなく、今度はシニア層もそのゾーンに入ってくるはずです。そうなったときは全員がフルタイムで働くことが難しくなり、「1日3~4時間だけ働きたい」「今日はチャット対応だけにしたい」など、勤務体系へのニーズが多様化し、シフト管理はものすごく煩雑になってきます。効率化を図るためには、やはりWFMが必要だろうということで、最近になってようやく少し理解度が向上したようにも思っています。
今もなお、WFMを初めて知ったという人は多いですが、その方々に実状を聞くと、Excel職人の社員が“鬼マクロ”と言える表を作り込んでシフト管理しているそうなんです。その社員が退職すると、一気に混乱するという危機感を持たなければいけません。
石井:
おっしゃる通りですね。ちなみに、国内でWFMを使っている企業では、業界や規模などの傾向・共通点はありますか?
森脇氏:
コールセンターで言うと、WFMの導入率は微増にありながらも、まだ10%に満たない程度だと思います。それも、導入しているのは数千席規模の大手で、なおかつ、外資企業が多い傾向が見られます。海外では導入しているので、日本でもWFMで管理するよう促されているのでしょうね。ちなみに、海外では50席以上あれば導入して当然という状況になっているそうです。
日本も働き方改革の流れから、ある程度の席数があれば導入は必須と言えますが、すぐに投資対効果が分かったり、ドラスティックに変化が起きたりするものではないので、普及が遅れているのだと思います。
しかし、働きやすい職場になって従業員が定着し、継続的に働いてくださる状態を作り出すことは、企業にとって今まさに価値の高い取り組みであるに違いありません。経営トップの方々がそこの理解を深めていただけるといいのですが。
石井:
WFMをシフト管理の側面だけで見てしまうと機能は限定的ですが、先ほどの海外事例にあったような、採用からトレーニング、さらにはモチベーション管理などのEXにも効果を見出せると、もっと付加価値が高められるのでしょうね。
森脇氏:
そうだと思います。あとは、国内企業も導入しやすい価格や効果が認知されれば市場は拡大していくと思います。
石井:
以前、外資系BPOで勤務していた人が、「日本のコンタクトセンターはSVの役割が超ゼネラリストで、機能分化されていない」とおっしゃっていたことを思い出しました。海外のコンタクトセンターにはワークフォースに特化した専門のアナリストがいて、その専門家がマネジメントツールを有効的に利用している一方で、日本はそういう存在がいないのだと。それを聞いて「なるほどな」と思いましたね。
森脇氏:
それは的を射たご意見だと思います。WFM自体がよく分からないのに、そこに人を張り付けるなんて、より想像のつかない世界になってしまうのでしょう。ワークフォースは結構複雑で、業務とアプリケーションをよく知っていないとできません。だからこそ、当社ではコンサルタントを付けて立ち上げまでを支援しているぐらいですから。
石井:
WFMによって稼働率が最大化してコストが削減できるとか、サービスレベルが何ポイント向上するとか、そういったROIの視点で見せることと、専門人材の存在が、WFMの浸透を左右するカギになるようですね。
CX・CEへの投資は、間違いなく経営トップの最優先課題だ
―今後、ベリントさんとモビルスでは、生成AIの活用でどういった差別化を図っていくお考えでしょうか?
森脇氏:
当社はボットという独自のAIのアプローチのしかたが、差別化の一つとなっています。AIは、音声・言語・予測・画像の大きく4つの分野がありますが、当社の場合、画像系AIは分社化した監視システムの会社が手掛け、その他を今のVerint で担い、各分野で高い基礎力をしっかり持った上でアプリケーションに適用しています。 日本はもとより海外でも、Azureなどの上に大規模なAIを作って、いろいろな用途に活用していこうという動きはありますが、当社のようにアプリケーションごとに合った細かなAIを装備するケースはまだ多くないと思うので、この独自性を今後も磨いていきたいです。
石井:
モビルスには独自開発した「Mobilus Operational AI(通称:MooA、ムーア)」があるのですが、この名称の通り、AIありきでオペレーションを作るのではなく、オペレーションありきで、その中にAIを組み込むという発想が今の当社の軸となっています。先ほど、生成AIをオペレーターやSVの支援に活用しているとお話しましたが、それもこの発想のもと、AIをオペレーションフローの中に組み込んで、使える場所に入れ込むことが大前提です。
現場のオペレーターの皆様に利用していただく上では、やはり使いやすいUIでなければなりませんし、モビルスのツールを組み込んだことで、今までのオペレーションに負荷が加わるようなことがあっては絶対にいけません。従来からの画面構成の一番使いやすい場所にきちんと組み込めることがモビルスの強みなので、これを引き続き追求していきたいと思っています。
―最後に、CXやCEに関して、企業の経営層の方々に向けたメッセージを、お二人からいただければと思います。
森脇氏:
「カスタマーエンゲージメントの重要性を、よりご理解いただきたい」の一言に尽きます。日頃、売り上げや利益の数字は見ていらっしゃると思いますが、その数字が成り立っているのも、CXやCEが積み重なってこそ。なので、もっと真剣に向き合っていただきたいです。
なぜ自社がお客様から愛されているのか、理由をもっと知りたいはずですよね?それにはまず可視化が必要で、その上で「どこが上手くいっていて、何が評価されているのか」を分析する必要があります。分析の意味は、そこにあるのです。
石井:
一緒に啓発していきたいですね。当社もまさに同じ意見で、自社のお客様とどういうシチュエーションで接点が生まれていて、各接点でどんな不満が発生しているのかを的確に言える人は、おそらくほぼいないと思うんです。一つの不満を取り除くことによって、どれだけ商品を買ってもらえるか、サービスを使ってもらえるか、コンバージョンレートが上がるか――などを考えると、CXやCEは相当大きなインパクトがあるのではないでしょうか。
加えて、不満を持った人の多くは直接企業には言ってこなくとも、ほかの場所で不満をこぼしているケースは多分にあります。そうすると、どれだけ広告を打って、製品デザインを改良しても売れなくなるわけで、不満が倍増効果で収益性を落としているとなると、CX・CEは投資すべき領域としか考えられません。ぜひ、経営トップの最優先課題として取り組んでいただきたいと思っています。